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狂乱
きょうらん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江」 中央公論社
1970(昭和45)年5月5日
入力者久保あきら
校正者松永正敏
公開 / 更新2001-06-04 / 2014-09-17
長さの目安約 82 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 二人の男の写真は仏壇の中から発見されたのである。それが、もう現世にいない人間であることは、ひとりでに分っているのだが、こうして、死んだ後までも彼らが永えに、彼女の胸に懐かしい思い出の影像となって留まっていると思えば、やっぱり、私は、捕捉することの出来ないような、変な嫉妬を感じずにはいられなかった。そして今、何人にも妨げられないで、彼女を自分ひとりの所有にして楽しんでいる限りなき歓びが、そのためにたちまち索然として、生命にも換えがたい大切な宝がつまらない物のような気持になった。しかし、また思いなおすと、彼らは、どのくらい女に思われていたか、私よりは深く思われていたか、そうでなかったか、わからぬにしても写真を仏壇に祀られるようになったのでは、結局この私よりもあの男たちは不幸な人間であった。そう思うと、死んだ人間が気の毒にもなった。
「そんなに隠さないで、ちょっと見せたっていいじゃないか。それは好きな人の写真だろう。どうせここへ祀ってあるくらいだから、死んだ人に相違ない。生きているころ世話になった人なら、祀って上げるのが当りまえだ」さばけた気持でそう言って、私は写真の面影をなお追うような心持になったが、女は瞬く間に、数の多い、どこかそこらの箪笥の小抽斗にそれを隠してしまった。
 羽織袴を着けている三十恰好の男はくりくりした二重瞼の、鼻の下の髭を短く刈っていたりするのが、あとの四十年配の洋装の男よりも安っぽく思われた。そしてそれが、ずっと前から、ちょいちょい私の耳に入っていた、女と大分深い関係であったという男のように直感させた。ある日本画の画家で女と噂の高かった男が去年の夏ごろ死んだということを聞いていたので、それを思いうかべた。
「和服を着ていた人間は、何だか活動の弁士のようじゃないか」私は幾らか胸苦しい反感をもってそういうと、
「何でも構いまへん。あの人たちが生きてたら、私、もうとうにこんな商売してえしまへん」
 女は向うをむいて、せっせと、取り拡げた着物を畳みながらこちらの言葉にわざと反抗するように、そう言っている。私は、そんな言葉を聴かされると、また、あまり好い心地はしなかった。そして腹の中で、
「それじゃ、四、五年も前から、自分ばかりに、身体の始末をつけてもらいたいようにいって頼んでいたのは、みんな[#挿絵]であったかも知れぬ」と思ったが、女の厭がるようなことを、くどく追窮して訊くのはかえって好くないと思って、黙っておいた。
 けれども、もう此間から訊こう訊こうと思って、幾度もいい出しかけては、差し控えていた、女の借金が今どうなっているか、また自分が長い間仕送った金が、その借金を減らすために、どういう具合に有効に使用せられているか否かを明細に訊きたいと思った。女は、そのことを突っ込んで訊かれるのが、痛いところへ触られるようで、なるたけ訊か…

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