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寺坂吉右衛門の逃亡
てらさかきちえもんのとうぼう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「直木三十五作品集」 文藝春秋
1989(平成元)年2月15日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2006-12-02 / 2014-09-18
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    一

「肌身付けの金を分ける」
 と、内蔵之助が云った。大高源吾が、風呂敷包の中から、紙に包んだ物を出して、自分の左右へ
「順に」
 と、いって渡した。人々は、手から手へ、金を取次いだ。源吾が
「四十四、四十五、四十六っ」
 と、いって、その最後の一つも自分の右に置いた。内蔵之助の後方に、坐っていた寺坂吉右衛門はさっと、顔を赤くして、俯いた。と、同時に、内蔵之助が
「これで、有金、残らず始末した」
 と、いった。吉右衛門は、口惜しさに、爆発しそうだった。
 士分以外の、唯一人の下郎として、今まで従ってきたが――
(この間際になっても、俺を、身分ちがいにするのか?)
 と、思った。悲しさよりも、憤りが、熱風のように、頭の中を吹き廻った。
(俺の心が判らないのか?――そんなら、もう仇討は、よしだ。――それとも、判っておるか? 太夫。判っているなら、何故、士分と、同じに取扱ってはくれん。今日までは、下郎でいい。俺は、下郎にちがい無いんだから――然し、今夜は、討入だ。討入ったなら、下郎の俺は、士分の人のように、武芸は上手でないし、一番に、やられると、覚悟しなくてはならん。そんなこと位、お利口な太夫さん、判らないことはなかろう、人間最後の時だ。せめて、金位、士分並に、分配してくれたなら、何うだ――止めだ、俺は、討入はやめだ。誰が、そんな奴に、忠義をするもんか、人を馬鹿にしてやがる)
 吉右衛門が、俯いて、心の底から、怒りに顫えていると
「では、支度に」
 と、内蔵之助がいった。そして
「吉」
 と、振向いて、紙包を、膝の前へ投げた。それは、小判でなく、小粒らしく、小さい紙包であった。吉右衛門は、俯いたまま、お叩頭をして
(くそっ、もう要らねえ、もう要るもんか)
 と、思ったが、押頂いて、懐へ入れた。富森助右衛門が、帯に入れる鎖、呼笛、鎖鉢巻、合印の布などの一纒めにしたのを、配って歩いた。そして、吉右衛門の前へくると
「吉は、要るまい」
 と、いった。内蔵之助が
「吉は、わしに、ついておればいい」
 と、いった。

    二

 月は、走る雲の中に、薄く姿を現していた。何の物音も――それは、空にも、地にも、人々の間にも、起っていなかった。もう話をすることも無かったし、吉良の邸の前であった。槍の尖を、きらきらさせて、黒い影の人々は、二手に別れた。
「父上」
 主税が、こういうと、内蔵之助は、頷いただけで、すぐ、側の者に、指で、何か指図しながら、門の方へ歩いて行った。吉右衛門は
(これが一世の別れだのに、何んて、冷淡な――)
 と、思った。
(自分の遊蕩は、人の倍もする癖に、主税の嫁さえとってやらずに――厳格な家庭で――家庭と、遊里とで、丸でちがった人になるように、この人の表面と、腹の中とは、全くちがうんだ。女は好きだが――いいや、女だって、祇園の妓に暇をやるのに…

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