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女王
じょおう
作品ID1756
著者野口 雨情
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆50 歌」 作品社
1986(昭和61)年12月25日
入力者加藤恭子
校正者今井忠夫
公開 / 更新2000-10-27 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 何時、誰が創つたのか、村にはずつと古くから次々に伝へられてゐる歌詞がありました。村の母親達はそれをねんねこ歌のやうにして小さな子供たちに歌つてきかせてゐるのでした。
 トムちやんのお母さまが学校に勤めるやうになつてから、それを作曲して学校の児童達に歌はせるやうにしました。歌は「愛の歌」と名づけられました。今ではその歌がだんだんに伝へられて、この郡の小学校では何処へ行つても歌はないところはないやうになつてゐました。
 村のお祭に八幡様の森で児童達が合奏するこの歌は、どんなに村人の心を和げ又慰めたことでせう。

娘姿で 駒鳥は
糸紡き車で
糸紡いた
シヤラシヤラ ビンビン
糸紡いた

糸は何糸 愛の糸
愛の糸より
糸はない
シヤラシヤラ ビンビン
糸はない

森の少女も 駒鳥の
糸紡き車で
糸紡いた
シヤラシヤラ ビンビン
糸紡いた

歌を唄ひば 愛の歌
愛の歌より
歌はない
シヤラシヤラ ビンビン
歌はない

 村祭の日が近づいてまゐりました。子供達はお宮の森の、とある広ツぱへ集つて、いろいろとお祭のお準備をしてゐました。花笠を造つたり、小さな山車を慥へたり、山車の屋根を飾る挿花を考へたりして、キヤツキヤツと騒いで居るのでした。
「女王はどうしたの、遅いなア」
「やつぱり先生が悪いんだツか」
 そんな話が子供達の間に交されると、皆が忙しさうな手を休めて、瞳を話の中心点に集めるのでした。
「葛原先生、学校随分長く休んだツせ」
「病気、悪いのかなア」
「悪いんさ。でなきやトムちやんと疾に来るもの」
「みんなで行つてみよか」
「ウム、それ好いや。女王が居んぢや、ちつとも面白く無え」
「花輪が出来たんか」
「まだ野菊が足りねえ……トムちやん処へ行く前にみんなで野原へ寄て行かう」
「ああ、それがいいや。行こ、行かう」
 村の少年少女は造りかけた山車や花笠や造花をお宮の拝殿に蔵へ込んで、ゾロゾロと石の階段を野原の方へと降りて行くのでした。
「女王」といふのは毎歳の村祭に、山車の上に乗さつて花輪を捧げ持つ、子供達の王様を謂ふのでした。それは、毎歳少年少女が八幡宮の森に集つて人選をするのでしたが、「女王」になる者は第一品行が方正で、学科の出来がよくて、多くの少年少女に信用が無ければなりませんでした。トムちやんが女王に選れてからもう今年で三年、村の少年少女は毎年の秋を何の相談もなく「女王」をトムちやんに決めて居るのでした。「女王」は少年少女にとつて無上の名誉でした。またその親達の身にとつても可なりに強い喜びでした。
「女王」に贈る花輪は、少年少女が皆で野の草花を採り集めて造る約束でした。野原に行くと、野菊や藤袴や、みやこ草や、みそはぎやが錦絵のやうに咲き乱れてゐるのでした。まめ菊の大輪を見つけ出して高く捧げて喜ぶ少年など、野は秋のよろこびに満ち充ちてゐました。
 花輪が出来上…

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