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芥川竜之介歌集
あくたがわりゅうのすけかしゅう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「芥川龍之介全集 第一巻」 岩波書店
1995(平成7)年11月8日
入力者もりみつじゅんじ
校正者本木まゆみ
公開 / 更新1999-07-18 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

目次
紫天鵞絨/桐/薔薇/客中恋/若人/砂上遅日


紫天鵞絨


やはらかく深紫の天鵞絨をなづる心地か春の暮れゆく

いそいそと燕もまへりあたゝかく郵便馬車をぬらす春雨

ほの赤く岐阜提灯もともりけり「二つ巴」の春の夕ぐれ(明治座三月狂言)

戯奴の紅き上衣に埃の香かすかにしみて春はくれにけり

なやましく春は暮れゆく踊り子の金紗の裾に春は暮れゆく

春漏の水のひゞきかあるはまた舞姫のうつとほき鼓か(京都旅情)

片恋のわが世さみしくヒヤシンスうすむらさきににほひそめけり

恋すればうら若ければかばかりに薔薇の香にもなみだするらむ

麦畑の萌黄天鵞絨芥子の花五月の空にそよ風のふく

五月来ぬわすれな草もわが恋も今しほのかににほひづるらむ

刈麦のにほひに雲もうす黄なる野薔薇のかげの夏の日の恋

うかれ女のうすき恋よりかきつばたうす紫に匂ひそめけむ


[#改ページ]



桐 (To Signorina Y. Y.)


君をみていくとせかへしかくてまた桐の花さく日とはなりける

君とふとかよひなれにしあけくれをいくたびふみし落椿ぞも

広重のふるき版画のてざはりもわすれがたかり君とみればか

いつとなくいとけなき日のかなしみをわれにおしへし桐の花はも

病室のまどにかひたる紅き鳥しきりになきて君おもはする

夕さればあたごホテルも灯ともしぬわがかなしみをめざまさむとて

草いろの帷のかげに灯ともしてなみだする子よ何をおもへる

くすり香もつめたくしむは病室の窓にさきたる[#挿絵]芙藍の花

青チヨオク ADIEU と壁にかきすてゝ出でゆきし子のゆくゑしらずも

その日さりて消息もなくなりにたる風騒の子をとがめたまひそ

いととほき花桐の香のそことなくおとづれくるをいかにせましや

(四・九・一四)


[#改ページ]



薔薇


すがれたる薔薇をまきておくるこそふさはしからむ恋の逮夜は

香料をふりそゝぎたるふし床より恋の柩にしくものはなし

にほひよき絹の小枕薔薇色の羽ねぶとんもてきづかれし墓

夜あくれば行路の人となりぬべきわれらぞさはな泣きそ女よ

其夜より娼婦の如くなまめける人となりしをいとふのみかは

わが足に膏そゝがむ人もがなそを黒髪にぬぐふ子もがな(寺院にて三首)

ほのぐらきわがたましひの黄昏をかすかにともる黄蝋もあり

うなだれて白夜の市をあゆむ時聖金曜の鐘のなる時

ほのかなる麝香の風のわれにふく紅燈集の中の国より

かりそめの涙なれどもよりそひて泣けばぞ恋のごとくかなしき

うす黄なる寝台の幕のものうくもゆらげるまゝに秋は来にけむ

薔薇よさはにほひな出でそあかつきの薄らあかりに泣く女あり

(九・六・一四)


[#改ページ]



客中恋


初夏の都大路の夕あかりふたゝび君とゆくよしもがな

海は今青き[#挿絵]をしばたゝ…

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