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月の詩情
つきのしじょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆30 宙」 作品社
1985(昭和60)年4月25日
入力者とみ~ばあ
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-05-18 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昔は多くの詩人たちが、月を題材にして詩を作つた。支那では李白や白楽天やが、特に月の詩人として有名だが、日本では西行や芭蕉を初め、もつと多くの詩人等が月を歌つた。西洋でも、Moonlight の月光を歌つた詩は、東洋に劣らないほど沢山ある。かうした多くの月の詩篇は、すべて皆その情操に、悲しい音楽を聴く時のやうな、無限のノスタルヂアが本質して居り、多くは失恋や孤独の悲哀を、その抒情の背景に揺曳させてゐる。
 月とその月光が、何故にかくも昔から、多くの詩人の心を傷心せしめたらうか。思ふにその理由は、月光の青白い光が、メランコリツクな詩的な情緒を、人の心に強く呼び起させることにもよる。だがもつと本質的な原因は、それが広茫極みなき天の穹窿で、無限の遠方にあるといふことである。なぜならすべて遠方にある者は、人の心に一種の憧憬と郷愁を呼び起し、それ自らが抒情詩のセンチメントになるからである。しかもそれは、単に遠方にあるばかりではない。いつも青白い光を放散して、空の灯火の如く煌々と輝やいてゐるのである。そこで自分は、生物の不可思議な本能であるところの、向火性といふことに就いて考へてゐる。
 獣類と、鳥類と、昆虫との別を問はず、殆んどすべての生物は、夜の灯火に対して不思議なイメーヂと思慕を持つてゐる。海の魚介類は、漁師の漁る灯火の下に、群をなして集つて来るし、山野に生棲する昆虫類は、人家の灯火や弧灯に向つて、蛾群の羽ばたきを騒擾する。鹿のやうな獣類でさへも、遠方の灯火に対して、眼に一ぱいの涙をたたへながら、何時迄も長く凝視してゐるといふことである。思ふに彼等は、夜の灯火といふものに対して、何かの或る神秘的なあこがれ、生命の最も深奥な秘密に触れてゐるところの、不思議な恋愛に似た思慕を感じてゐるにちがひない。今日の学者と生物学は、まだこの動物の秘密を解いてゐない。しかし同じ動物の一種であり、同じ生命本能の所有者である人間、そして最も原始的な宗教の起原に、民族共通の拝火教や拝日教を有する我等は、自己の主観から臆測して、殆んど彼等の心理を想像することが出来るのである。飛んで火に焼かれる虫の心理は、おそらく彼等が恋愛の高潮に達した時や、音楽の魅力が絶頂に高まつた時やの、あのやるせない心の焦躁、何物かの認識できない、或るメタフイヂツクな実在の世界に、身も心も投げ捨ててしまひたいと思ふ時のそれと、殆んどよく類似したものであらう。おそらく多くの動物は、美しく燃える火のなかに、彼等の生命の起原であるところの、実在の故郷を感じてゐるにちがひない。それはすべての動物に共通する、生命本能の最も原始的な神秘に属してゐる。そして詩や音楽やの芸術は、かかる原始的な生命の秘密を、経験以前の純粋記憶から表象して、人の本能的なる感性や情緒に訴へるものなのである。
 月とその月光とが、古来詩人の心を強く捉へ、他…

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