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僕の孤独癖について
ぼくのこどくへきについて
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻35 七癖」 作品社
1994(平成6)年1月25日
入力者加藤恭子
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-05-18 / 2014-09-18
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 僕は昔から「人嫌ひ」「交際嫌ひ」で通つて居た。しかしこれには色々な事情があつたのである。もちろんその事情の第一番は、僕の孤独癖や独居癖やにもとづいて居り、全く先天的気質の問題だが、他にそれを余儀なくさせるところの、環境的な事情も大いにあつたのである。元来かうした性癖の発芽は、子供の時の我がまま育ちにあるのだと思ふ。僕は比較的良家に生れ、子供の時に甘やかされて育つた為に、他人との社交について、自己を抑制することができないのである。その上僕の風変りな性格が、小学生時代から仲間の子供とちがつて居たので、学校では一人だけ除け物にされ、いつも周囲から冷たい敵意で憎まれて居た。学校時代のことを考へると、今でも寒々とした悪感が走るほどである。その頃の生徒や教師に対して、一人一人にみな復讐をしてやりたいほど、僕は皆から憎まれ、苛められ、仲間はづれにされ通して来た。小学校から中学校へかけ、学生時代の僕の過去は、今から考へてみて、僕の生涯の中での最も呪はしく陰鬱な時代であり、まさしく悪夢の追憶だつた。
 かうした環境の事情からして、僕は益[#挿絵]人嫌ひになり、非社交的な人物になつてしまつた。学校に居る時は、教室の一番隅に小さく隠れ、休業時間の時には、だれも見えない運動場の隅に、息を殺して隠れて居た。でも餓鬼大将の悪戯小僧は、必ず僕を見付け出して、皆と一緒に苛めるのだつた。僕は早くから犯罪人の心理を知つてゐた。人目を忍び、露見を恐れ、絶えずびくびくとして逃げ廻つてゐる犯罪者の心理は、早く既に、子供の時の僕が経験して居た。その上僕は神経質であつた。恐怖観念が非常に強く、何でもないことがひどく怖かつた。幼年時代には、壁に映る時計や箒の影を見てさへ引きつけるほどに恐ろしかつた。家人はそれを面白がり、僕によく悪戯をしてからかつた。或る時、女中が杓文字の影を壁に映した。僕はそれを見て卒倒し、二日間も発熱して臥てしまつた。幼年時代はすべての世界が恐ろしく、魑魅妖怪に満たされて居た。
 青年時代になつてからも、色々恐ろしい幻覚に悩まされた。特に強迫観念が烈しかつた。門を出る時、いつも左の足からでないと踏み出さなかつた。四ツ角を曲る時は、いつも三遍宛ぐるぐる廻つた。そんな馬鹿馬鹿しい詰らぬことが、僕には強迫的の絶対命令だつた。だが一番困つたのは、意識の反対衝動に駆られることだつた。例へば町へ行かうとして家を出る時、逆に森へ行けといふ強迫命令が起つて来る。するといつのまにか、僕の足はその命令を遵奉して、反対の森の方へ行つてるのである。最も苦しいのは、これが友人との交際に於て出る場合である。例へば僕は目前に居る一人の男を愛してゐる。僕の心の中では、固くその人物と握手をし、「私の愛する親友!」と言はうとして居る。然るにその瞬間、不意に例の反対衝動が起つて来る。そして逆に、「この馬鹿野郎!」と罵る言…

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