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殺された天一坊
ころされたてんいちぼう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本探偵小説全集5 浜尾四郎集」 創元推理文庫、東京創元社
1985(昭和60)年3月29日
初出「改造」1929(昭和4)年10月号
入力者大野晋
校正者はやしだかずこ
公開 / 更新2001-02-26 / 2014-09-17
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

          一

 あれ程迄世間を騒がせた天一坊も、とうとうお処刑となって、獄門に梟けられてしまいました。あの男の体は亡びてもあの悪名はいつ迄もいつ迄も永く伝えられる事でございましょう。世にも稀な大悪人、天下を騙し取ろうとした大かたり、こんな恐ろしい名が、きっとあの男に永く永くつき纏うに違いございませぬ。
 私のようなふつつか者が廻らぬ筆をとりましたのも、その事を考えましたからでございます。私からはっきりと申しますれば、あの男こそ世にも愚かな若人なのでございます。けれども決して大悪人ではございませんでした。
 ああした不思議な運命に生みつけられた人間はおとなしく此の有難い御治世の、どこかの片隅にじッと暮して行けばよかったのでございましょう。
 天一坊は此の世の中というもののほんとうの恐ろしさを知らなかったのでございます。真実の事実を有りの儘に申す事、もっとむずかしく申せば真実と信じた事をはっきりと申すことが、此の世の中でどんなに恐ろしい結果を招くかという事をあの男は存じませんでした。だからあの男は愚者でございます。世にも稀な馬鹿者でございます。
 それに、自分の正しく希望してよい事を、はっきりと希望した、というのもあの男の考えが至らぬ所でございました。此の世の中は法というものばかりでは治められぬ。いいえ、時によっては法というものさえも嘘をつくという事を知らなかったのでございましょう。
 あの男は気の毒な愚かな、しかし美しい若人でございました。
 でも、奉行様が、あの御奉行様でなかったなら、天一坊の運命は他の道を辿ったかも知れないのでございます。あの男があの御奉行様に裁かれなければならなかったのは、取り返しのつかない悲しい事だったに相違ございません。
 こう申したからと云って、私は決して御奉行様のことを悪く申し上げるのではございませぬ。御奉行様は御奉行様としてほんとに云い知れぬ程の御苦労をなさったのでございます。永く御奉行様を存じ上げて居ります私は、御奉行様がほんとうに御自分の御役目の大切な所をはっきり掴もうとなさったのは、実に天一坊の御裁きの時だった、とさえ信じたいのでございます。それ程迄に御苦労なさいましたのでございますもの、御奉行様の事を悪く考えられよう筈はございませぬ。
 私は御奉行様が天一坊を御調べになっていらっしゃいました頃、はじめて奉行という御役目がどんなに大切なものかをはっきり知ったのでございます。と同時に奉行という御役目の為にどんな悲しい事をも冒さなければならないかという事を知ったわけなのでございました。
 御奉行様はあの一件の為にどれ程お痩れなさった事でございましょう。皆之天下の御為なのでございます。今思いましても有難い極みでございます。
 一体、御奉行様と申す御方は、御聡明な、果断な、そうして自分を信じる事の大変に御強い御方なので…

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