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彼は誰を殺したか
かれはだれをころしたか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本探偵小説全集5 浜尾四郎集」 創元推理文庫、東京創元社
1985(昭和60)年3月29日
初出「文藝春秋」1930(昭和5)年7月号
入力者大野晋
校正者はやしだかずこ
公開 / 更新2001-02-26 / 2014-09-17
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

          一

 男でもほれぼれする吉田豊のやすらかな寝顔を眺めながら中条直一は思った。
「こんな美しい青年に妻が恋するのは無理はないことかも知れない。どう考えても俺は少し年をとりすぎている。ただ妻の従弟だと思ッて近頃まで安心していたのは俺の誤りだッた。明日はどうしてもあれを決行しよう」
 中条はこんなことを思い耽りつつ、海辺の宿屋の小さい一室で、真夏の暑苦しい夜を一睡もせず明かしてしまった。
 彼は十五も年の違う美しい妻の綾子の愛に対して妙に自信がもてなかった。だから大抵の男が綾子に会うのを警戒していた。近頃ではこれが判然として来たので、心ある友人は彼を馬鹿にしながらも訪ねるのを遠慮するようになった。ただ今年大学にはいったばかりの綾子の従弟の吉田豊ばかりは平気でやって来て綾子と親しく話していた。又中条の方でも何らの不安もなかった。それはただ従姉弟同志だから、という理由からであった。
 その吉田の最近の行動は、中条から云えばどうも許し難かった。従姉弟のことだ、自分との結婚以前にはどんなに親しかったか知れない。然し結婚後にもその親しさを延長されてはたまらないというのが、彼の気持だった。
 実は、結婚後ますます親しく仲よくなって来たのじゃないかとさえ感ぜられる。
 彼等を近づかせて居るものは表向きは音楽だった。ピアノのすきな綾子の所へ、ヴァイオリンが巧みな吉田がやって来て、この二つの楽器を合わせて楽しむことは当然のことだった、少くとも綾子と吉田にはそう思われた。
 しかし、中条にとっては、夫が全く除外されているという時の状態は堪らなく不愉快だったのである。
 吉田には兎も角、綾子にはこの夫の不快が判らない筈はなかった。けれども、綾子はそんなことを何とも思わなかった。こんなことを不快に思っている夫をもつことを恥とすら考えた。だからますます平気で吉田をよんでは合奏した。彼女は賢かった。成程中条は弱気な哀れな夫だったかも知れない。しかし彼女は火と戯れていることに気がつかなかった。こういう性質の男は時とすると犯罪に対しては、非常に勇敢になるものだからである。
 中条と雖も音楽は嫌いではなかった。はじめのうちは二人の演奏にひたることも出来た。
 けれども最近に至っては、彼は全く不快な気持で二人を客間に残して自分の部屋にもどるのが常となった。
 彼がいなくなると彼等は一層仲よく弾いてるような気がした。
 いや、楽器をおいて、笑いさざめく声がよく聞えた。そうして弾きはじめると音楽は一層幸福そうにひびいて来た。
 彼は、「春のソナタ」を書斎の中でききながら幾度歯を食いしばったことだろう。
 彼は舌打をしながら、ベートホーヴェンを呪った。それ程、二人のすきな曲は、この奏鳴曲だったのである。
 一方吉田は遠慮なく綾子を音楽会にさそいに来る。妻は平気で一緒に行く。そうして夜…

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