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闇中問答
あんちゅうもんどう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 43 芥川龍之介集」 筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日
初出「文藝春秋」1927(昭和2)年9月
入力者j.utiyama
校正者野口英司
公開 / 更新1998-03-24 / 2014-09-17
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

或声 お前は俺の思惑とは全然違つた人間だつた。
僕 それは僕の責任ではない。
或声 しかしお前はその誤解にお前自身も協力してゐる。
僕 僕は一度も協力したことはない。
或声 しかしお前は風流を愛した、――或は愛したやうに装つたらう。
僕 僕は風流を愛してゐる。
或声 お前はどちらかを愛してゐる? 風流か? それとも一人の女か?
僕 僕はどちらも愛してゐる。
或声 (冷笑)それを矛盾とは思はないと見えるな。
僕 誰が矛盾と思ふものか? 一人の女を愛するものは古瀬戸の茶碗を愛さないかも知れない。しかしそれは古瀬戸の茶碗を愛する感覚を持たないからだ。
或声 風流人はどちらかを選ばなければならぬ。
僕 僕は生憎風流人よりもずつと多慾に生まれついてゐる。しかし将来は一人の女よりも古瀬戸の茶碗を選ぶかも知れない。
或声 ではお前は不徹底だ。
僕 若しそれを不徹底と云ふならば、インフルエンザに罹つた後も冷水摩擦をやつてゐるものは誰よりも徹底してゐるだらう。
或声 もう強がるのはやめにしてしまへ。お前は内心は弱つてゐる。しかし当然お前の受ける社会的非難をはね返す為にそんなことを言つてゐるだけだらう。
僕 僕は勿論そのつもりだ。第一考へて見るが善い。はね返さなかつたが最後、押しつぶされてしまふ。
或声 お前は何と云ふ図々しい奴だ。
僕 僕は少しも図々しくはない。僕の心臓は瑣細な事にあつても氷のさはつたやうにひやひやとしてゐる。
或声 お前は多力者のつもりでゐるな? 
僕 勿論僕は多力者の一人だ。しかし最大の多力者ではない。若し最大の多力者だつたとすれば、あのゲエテと云ふ男のやうに安んじて偶像になつてゐたであらう。
或声 ゲエテの恋愛は純潔だつた。
僕 それは[#挿絵]だ。文芸史家の[#挿絵]だ。ゲエテは丁度三十五の年に突然伊太利へ逃走してゐる。さうだ。逃走と云ふ外はない。あの秘密を知つてゐるものはゲエテ自身を例外にすれば、シユタイン夫人一人だけだらう。
或声 お前の言ふことは自己弁護だ。自己弁護位手易いものはない。
僕 自己弁護は容易ではない。若し手易いものとすれば、弁護士と云ふ職業は成り立たない筈だ。
或声 口巧者な横着ものめ! 誰ももうお前を相手にしないぞ。
僕 僕はまだ僕に感激を与へる樹木や水を持つてゐる。それから和漢東西の本を三百冊以上持つてゐる。
或声 しかしお前は永久にお前の読者を失つてしまふぞ。
僕 僕は将来に読者を持つてゐる。
或声 将来の読者はパンをくれるか?
僕 現世の読者さへ碌にくれない。僕の最高の原稿料は一枚十円に限つてゐた。
或声 しかしお前は資産を持つてゐたらう?
僕 僕の資産は本所にある猫の額ほどの地面だけだ。僕の月収は最高の時でも三百円を越えたことはない。
或声 しかしお前は家を持つてゐる。それから近代文芸読本の……
僕 あ…

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