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丹下左膳
たんげさぜん
作品ID1800
副題03 日光の巻
03 にっこうのまき
著者林 不忘
文字遣い新字新仮名
底本 「林不忘傑作選5 丹下左膳(五) 日光の巻」 山手書房新社
1992(平成4)年9月20日発行
初出「新講談丹下左膳」読売新聞、1934(昭和9)年1月30日~9月20日
入力者tatsuki
校正者地田尚
公開 / 更新2003-03-06 / 2014-09-17
長さの目安約 403 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

土葬水葬





 ふしぎなことがある。
 左膳がこの焼け跡へかけつけたとき、いろいろと彼が、火事の模様などをきいた町人風の男があった。
 そのほか。
 近所の者らしい百姓風や商人体が、焼け跡をとりまいて、ワイワイと言っていたが。
 この客人大権現の森を出はずれ、銀のうろこを浮かべたような、さむざむしい三方子川をすこし上流にさかのぼったところ、小高い丘のかげに、一軒の物置小屋がある。
 近くの農家が、収穫どきに共同に穀物でも入れておくところらしいが……。
 空いっぱいに茜の色が流れて、小寒い烏の声が二つ三つ、ななめに夕やけをつっきって啼きわたるころ。
 夕方を待っていたかのように、その藁屋根の小屋に、ポツンと灯がともって、広くもない土間に農具の立てかけてあるのを片づけ、人影がザワザワしている。
「イヤ、これで仕事は成就したも同様じゃ。強いだけで知恵のたらぬ伊賀の暴れン坊、今ごろは、三方子川の水の冷たさをつくづく思い知ったであろうよ、ワッハッハ」
 と、その同勢の真ん中、むしろの上にあぐらをかいて、牛のような巨体をゆるがせているのは、思いきや、あの司馬道場の師範代、峰丹波。
「ほんとうにむごたらしいけれど、敵味方とわかれてみれば、これもしかたがないねえ」
 大きな丹波の肩にかくれて、見えなかったが、こう言って溜息をついたのは、お蓮様である。
 取りまく不知火連中の中から、誰かが、
「ムフフ、御後室様はいまだにあの源三郎のことを……」
 お蓮様は、さびしそうな笑顔を、その声の来たうす暗いほうへ向けて、
「何を言うんです。剣で殺されるのなら、伊賀の暴れン坊も本望だろうけれど、お前達の中に誰一人、あの源様に歯のたつ者はないものだから、しょうことなしに、おとし穴の水責め……さぞ源さまはおくやしかろうと、わたしはそれを言っているだけさ」
「そうです」
 と丹波は、ニヤニヤ笑いながら一同へ、
「お蓮様は武士道の本義から、伊賀の源三に御同情なさっているだけのことだ。よけいな口をたたくものではない」
 と、わざとらしいたしなめ顔。
「そこへ、あの丹下左膳という無法者まで、飛びこんできて、頼まれもしないのに穴へ落ちてくれたのだから、当方にとっては、これこそまさに一石二鳥――」
 みなは思い思いに語をつづけて、
「もうこれで、問題のすべては片づいたというものだ。今ごろは二人で、穴の中の水底であがいているであろう」
 両手で顔をおおったお蓮さまを、ジロリと見やって、
「サア、これで夜中を待って、上からあのおとし穴をうめてしまうだけのことだ」
「何百年か後の世に、江戸の町がのびて、あの辺も町家つづきになり、地ならしでもすることがあれば、昔の三方子川という流れの下から、二つの白骨がだきあって発見さるるであろう、アハハハ」
 いい気で話しあっているこの連中を、よく見ると、みなあの焼け…

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