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東旭川村にて
ひがしあさひかわむらにて
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代紀行文学全集 北日本編」 ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日
入力者林幸雄
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-09-08 / 2014-09-18
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は旭川へ來て友人のMに逢ひ、彼の案内で東旭川村を訪ねた。九月も十日すぎのある日だつた。
 Mはほとんど十五年來の友人である。彼とは今度は三年ぶりで逢つた。何年に一度か、どつちかが思ひがけない、といふ逢ひ方で逢ふ。しかし話し出すと昨日まで毎日顏を合してゐたとでもいふ風で、水のやうな淡さである。それだけ深く心に通じてゐるものがあり、愛情も泌みるおもひだ。旅の行く先々にこのやうな友人を今も持つてゐる私は倖せである。私が別に云ひ出さぬうちに、彼は、「村へ行つて見ようか」と立ち上り、「降らねばいいが」と云つて窓から空を仰いだ。
 村行きの電車内に私と向ひ合つて坐つたMを見て、東大出の法學士だなどと思ふものは恐らく一人だつてないだらう。以前から生れながらの百姓の友のやうな男だつたが、今度逢つて見ると愈々さうなつてゐる。
 ゴルフパンツをはいた紳士、村の商人らしい男、百姓などが彼に挨拶する。彼等と言葉を交してゐるMは私などを惚れ惚れさせる。Mがこの地方に住みついてからもう十三年になる。大學を出たその年からだ。此頃は市内に住んでゐるが、長く村に住み慣れてゐた。その後暑さ寒さの何年かを冬は流氷の流れ寄る網走に送つた。再び上川に歸つて來てからは、劍淵村の市街地に住んで自分で鍬を取り、冷害による凶作の慘をつぶさになめもした。彼とこの平野の人々との間のつながりはさうして深く緊密なものになつて行つた。彼は自分につぐなはねばならぬものがあるとすれば、それは口舌にはよらず行動によつてでなければならぬことをひしとばかり感じたのであつたらう。國と人民とを愛する心がどんなにか深くなければ彼の今日のやうな貧窮に人は長く堪へて行くことは出來ぬ。よし堪へ得てもそのただ中にゐて、信ずる所あるものの莞爾たる笑ひを彼のやうには笑ふことは出來ぬ。
 農民運動やそれに從つてゐる人々の姿をジヤーナルを通してなど知らうとしても一向に知り得なくなつてからもうよほどになる。一般世人はそんなものはもう影を消したのだと思つてゐる。
 さう思はれてゐる時に、事實は、ほんたうに地についた人々の姿がぽつぽつ現れはじめてゐるのである。私は今度の短い旅行の間にも、さういふ人々の姿をもう何人か見て來た。彼等は大抵一つ所に十年以上住みついてゐる。彼等はもはや昔のいはゆる鬪士ではない。妻子を抱へた村民であり町民であつて、何よりも先づ人々と共に泣きもし笑ひもする人だ。
 Mのことではないが、彼等のあるものにはよかれ惡かれ次のことも目立つと思つた。何かの組織の一員になつてゐるが、どうもその組織に自身餘り打ち込んでゐるとは見えない。色々世話役的活動をしてゐるがその組織の人としての活動とも云へぬ。組織の中央機關の動きなどに對しても冷淡のやうだ。一方、少くとも表面は昔の人のやうに思想的に潔癖ではない。それから原則的な問題についてのはつきりした…

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