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八幡太郎
はちまんたろう
作品ID18341
著者楠山 正雄
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の英雄伝説」 講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年6月10日
入力者鈴木厚司
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2003-10-31 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 日本のむかしの武士で一番強かったのは源氏の武士でございます。その源氏の先祖で、一番えらい大将といえば八幡太郎でございます。むかし源氏の武士は戦に出る時、氏神さまの八幡大神のお名を唱えるといっしょに、きっと先祖の八幡太郎を思い出して、いつも自分の向かって行く先々には、八幡太郎の霊が守っていてくれると思って、戦に励んだものでした。
 八幡太郎は源頼義という大将の長男で、おとうさんの頼義が、ある晩八幡大神からりっぱな宝剣を頂いたという夢を見ると、間もなく八幡太郎が生まれました。七つの年に石清水八幡のお宮で元服して、八幡太郎義家と名のりました。
 義家は子供の時から弓がうまくって、もう十二、三という年にはたいていの武士の引けないような上手な弓を引いて、射れば必ず当たるという不思議なわざをもっていました。
 ある時清原武則というこれも弓の名人で名高かった人が、義家のほんとうの弓勢を知りたがって、丈夫な鎧を三重ねまで木の上にかけて、義家に射させました。義家はそこらにある弓に矢をつがえて、無造作に放しますと、鎧を三枚とおして、後ろに五寸も鏃が出ていました。

     二

 大きくなって、義家はおとうさんの頼義について、奥州の安倍貞任、宗任という兄弟の荒えびすを征伐に行きました。その戦は九年もつづいて、その間にはずいぶんはげしい大雪に悩んだり、兵糧がなくなって危うく餓え死にをしかけたり、一時は敵の勢いがたいそう強くって、味方は残らず討ち死にと覚悟をきめたりしたこともありましたが、その度ごとにいつも義家が、不思議な智恵と勇気と、それから神様のような弓矢の技で敵を退けて、九分九厘まで負け戦にきまったものを、もり返して味方の勝利にしました。
 それで戦えば戦うたんびに八幡太郎の名が高くなりました。さすがの荒えびすもふるえ上がって、しまいには八幡太郎の名を聞いただけで逃げ出すようになりました。
 けれども、強いばかりが武士ではありません。八幡太郎が心のやさしい、神様のように情けの深い人だということは、敵すらも感じて、慕わしく思うようになりました。
 それはもう長い長い九年の戦いもそろそろおしまいになろうという時分のことでした。ある日はげしい戦のあとで、義家は敵の大将の貞任とただ二人、一騎打ちの勝負をいたしました。そのうちとうとう貞任がかなわなくなって、馬の首を向けかえして、逃げて行こうとしますと、義家は後ろから大きな声で、
「衣のたては
ほころびにけり。」
 と和歌の下の句をうたいかけました。すると貞任も逃げながら振り向いて、
「年を経し
糸の乱れの
苦しさに。」
 とすぐに上の句をつけました。これは戦の場所がちょうど衣川のそばの「衣の館」という所でしたから、義家が貞任に、
「お前の衣ももうほころびた。お前の運ももう末だ。」
 とあざけったのでございます。する…

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