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猫の草紙
ねこのそうし
作品ID18380
著者楠山 正雄
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の神話と十大昔話」 講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年5月10日
入力者鈴木厚司
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2003-09-02 / 2014-09-17
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 むかし、むかし、京都の町でねずみがたいそうあばれて、困ったことがありました。台所や戸棚の食べ物を盗み出すどころか、戸障子をかじったり、たんすに穴をあけて、着物をかみさいたり、夜も昼も天井うらやお座敷の隅をかけずりまわったりして、それはひどいいたずらのしほうだいをしていました。
 そこでたまらなくなって、ある時お上からおふれが出て、方々のうちの飼い猫の首ったまにつないだ綱をといて、放してやること、それをしない者は罰をうけることになりました。それまではどこでも猫に綱をつけて、うちの中に入れて、かつ節のごはんを食べさせて、だいじにして飼っておいたのです。それで猫が自由にかけまわってねずみを取るということがありませんでしたから、とうとうねずみがそんな風に、たれはばからずあばれ出すようになったのでした。
 けれどもおふれが出て、猫の綱がとけますと、方々の三毛も、ぶちも、黒も、白も自由になったので、それこそ大喜びで、都の町中をおもしろ半分かけまわりました。どこへ行ってもそれはおびただしい猫で、世の中はまったく猫の世界になったようでした。
 こうなると弱ったのはねずみです。きのうまで世の中をわが物顔にふるまって、かって気ままなまねをしていた代わりに、こんどは一日暗い穴の中に引っ込んだまま、ちょいとでも外へ顔を出すと、もうそこには猫が鋭い爪をといでいました。夜もうっかり流しの下や、台所の隅に食べ物をあさりに出ると、暗やみに目が光っていて、どんな目にあうか分からなくなりました。

     二

「これではとてもやりきれない。かつえ死に死ぬほかなくなる。今のうちにどうかして猫をふせぐ相談をしなければならない。」というので、ある晩ねずみ仲間が残らずお寺の本堂の縁の下に集まって、会議を開きました。
 その時、中でいちばん年を取ったごま塩ねずみが、一段高い段の上につっ立ち上がって、
「みなさん、じつに情けない世の中になりました。元来猫はあわび貝の中のかつ節飯か汁かけ飯を食べて生きていればいいはずのものであるのに、われわれを取って食べるというのは何事でしょう。このまますてておけば、今にこの世の中にねずみの種は尽きてしまうことになるのです。いったいどうしたらいいでしょう。」
 すると元気のよさそうな一ぴきの若いねずみが立ち上がって、
「かまわないから、猫の寝ているすきをねらって、いきなりのど笛に食いついてやりましょう。」
 と言いました。
 みんなは「さんせいだ。」というような顔をしましたが、さてだれ一人進んで猫に向かっていこうというものはありませんでした。
 するとまた一ぴき背中のまがったねずみがぶしょうらしく座ったまま、のろのろした声で、
「そんなことを言っても猫にはかなわないよ。それよりかあきらめて、田舎へ行って野ねずみになって、気楽に暮らしたほうがましだ。」

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