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牛若と弁慶
うしわかとべんけい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の英雄伝説」 講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年6月10日
入力者鈴木厚司
校正者今井忠夫
公開 / 更新2004-02-09 / 2014-09-18
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 むかし源氏と平家が戦争をして、お互いに勝ったり負けたりしていた時のことでした。源氏の大将義朝には、悪源太義平や頼朝のほかに今若、乙若、牛若、という三人の子供がありました。ちょうどいちばん小さい牛若が生まれたばかりのとき、源氏の旗色が悪くなりました。義朝は負けて、方々逃げかくれているうちに、家来の長田忠致というものに殺されました。
 平家の大将清盛は、源氏にかたきを取られることをこわがって、義朝の子供を見つけしだい殺そうとかかりました。
 義朝の奥方の常盤御前は、三人の子供を連れて、大和の国の片田舎にかくれていました。
 清盛はいくら常磐を探しても見つからないものですから困って、常磐のおかあさんの関屋というおばあさんをつかまえて、
「常磐のいるところをいえ。いわないと殺してしまうぞ。」
 と毎日ひどくせめました。
 常磐はこのことを聞いて、
「おかあさまを殺してはすまない。わたしが名のって出ても、子供たちはまだ小さいから、たのんだら殺さずにおいてもらえるかもしれない。」
 と思って、京都へ出かけました。
 ちょうど冬のことで、雪がたいそう降っていました。常磐は牛若を懐に入れて、乙若の手をひいて、雪の中を歩いて行きました。今若はそのあとからついて行きました。
 さんざん難儀をして、清盛のいる京都の六波羅のやしきに着くと、常磐は、
「おたずねになっている常磐でございます。三人の子供をつれて出ました。わたくしは殺されてもようございますから、母の命をお助け下さいまし。子供たちもこの通り小さなものばかりでございますから、命だけはどうぞお助け下さいまし。」
 と申しました。
 親子のいたいたしい様子を見ると、さすがの清盛も気の毒に思って、その願いを聞きとどけてやりました。
 それで今若と乙若とは命だけは助かって、お寺へやられました。牛若はまだお乳を飲んでいるので、おかあさんのそばにいることを許されましたが、これも七つになると鞍馬山のお寺へやられました。
 そのうち牛若はだんだん物がわかって来ました。おとうさんが平家のために滅ぼされたことを人から聞いて、くやしがって泣きました。
「毎日お経なんかよんで、坊さんになってもしかたがない。おれは剣術をけいこして、えらい大将になるのだ。そして平家を滅ぼして、おとうさまのかたきを討つのだ。」
 こう牛若は思って、急に剣術が習いたくなりました。
 鞍馬山のおくに僧正ガ谷という谷があります。松や杉が茂っていて、昼も日の光がささないような所でした。牛若は一人で剣術をやってみようと思って、毎晩人が寝しずまってから、お寺をぬけ出して僧正ガ谷へ行きました。そしてそこにたくさん並んでいる杉の木を平家の一門に見立てて、その中で一ばん大きな木に清盛という名をつけて、小さな木太刀でぽんぽん打ちました。
 するとある晩のことでした。牛若が…

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