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河童の話
かっぱのはなし
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 3」 中央公論社
1995年4月10日
入力者門田裕志
校正者多羅尾伴内
公開 / 更新2006-05-14 / 2014-09-18
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

私はふた夏、壱岐の国へ渡つた。さうして此島が、凡北九州一円の河童伝説の吹きだまりになつてゐた事を知つた。尚考へて見ると、仄かながら水の神信仰の古い姿が、生きてこの島びとの上にはたらいて居るのを覚つた。其と今一つ、私はなるべく、認識不十分な他人の記録の奇事異聞を利用する前に、当時の実感を印象する自分の採訪帳を資料とする事が、民俗の学問の上に最大切な態度であると思ふ故に、壱岐及びその近島の伝承を中心として、この研究の概要を書く、一つの試みをもくろんだのである。
この話は、河童が、海の彼岸から来る尊い水の神の信仰に、土地々々の水の精霊の要素を交へて来たことを基礎として、綴つたのである。たゞ、茲には、その方面の証明の、甚しく興味のないのを虞れて、単に既に決定した前提のやうにして、書き進めたのである。
この話の中にさしこんだ河童の図は、すべて、元熊本藩の水練師範小堀平七さんの家に伝る、河童の絵巻から拝借した。
[#改ページ]

     一 河童の女

河郎の恋する宿や夏の月
蕪村の句には、その絵に封ぜられたものが、極端に出てゐる。自由にふるまうた様でも、流派の伝襲には勝てなかつたのである。彼の心の土佐絵や浮世絵は誹諧の形を仮りて現れた。此句だつて、唯の墨書きではない。又単に所謂俳画なるものでもない。男に化けて、娘の宿を訪ふ河童。水郷の夜更けの夏の月。ある種の合巻を思はせる図どりである。かうした趣向は或は、蕪村自身の創作の様に見えるかも知れぬ。尤、近代の河童には、此点の欠けて居る伝説は多いが、以前はやつぱりあつたのである。
私は、二度も壱岐の島を調べた。其結果、河を名とする処から、河童の本拠を河その他淡水のありかと思うて来た考へが、壊れて了うた。長者原と言ふ海を受けた高台は、があたろを使うて長者になつた人の屋敷趾だと言ふ。其は小さな、髪ふり乱した子どもの姿だつた。其が来初めてから、俄かに長者になり、家蔵は段々建て増した。があたろが歩いた処は、びしよ/″\と濡れてゐる。畳の上までも、それで上つて来る。果ては、長者の女房が嫌ひ出して、来させない様にした。すると忽、家蔵も消えてなくなり、長者の後に立つて居た屏風は、岩になつて残つた。此は男の子らしい。
平戸には、女のがあたろの話をしてゐる。ある分限者の家に仕へた女、毎日来ては、毎晩帰る。何処から来るか、家処をあかさない。ある時、後を尾けて行くと、海の波が二つに開けた。通ひ女はどん/\、其中へ這入つて見えなくなつた。女は其を悟つたかして、其後ふつつり出て来なくなつたと言ふ。
[#挿絵]
此二つの話で見ると、毎日海から出て来る事、家の富みに関係ある事、ある家主に使はれる事、主の失策を怨んで来なくなること、女姿の、子どもでないのもある事などが知れる。だが外に、通ひでなく、居なりの者もあつたらしい。殿川屋敷と言ふのは、壱州での豪家の…

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