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翁の発生
おきなのはっせい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 2」 中央公論社
1995(平成7)年3月10日
初出「民俗芸術 第一巻第一・三号」1928(昭和3年)年1月・3月
入力者高柳典子
校正者多羅尾伴内
公開 / 更新2004-01-26 / 2014-09-18
長さの目安約 53 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一 おきなと翁舞ひと

翁の発生から、形式方面を主として、其展開を考へて見たいと思ひます。しかし個々の芸道特有の「翁」については、今夜およりあひの知識の補ひを憑む外はないのであります。翁芸を飛躍させたのは、猿楽であります。翁が、田楽の「中門口」に相当する定式の物となつた筋道が、幾分でも訣つて貰へるやうに致したいと存じます。
おきなと言ふ語は、早くから芸能の上に分化したおきなの用語例の印象をとり込んでゐます。尠くとも我々の観念にあるおきなは、唯の老夫ではない。芸道化せられたおきなを、実在のおきなに被せたものなのであります。
おきな・おみな(媼)の古義は、邑国の神事の宿老の上位にある者を言うたらしい。おきな・おみなに対して、をぐな・をみなのある事を思ひ併せると、大(お)・小(を)の差別が、き(く)・み(む)の上につけられてゐる事が知れます。つまりは、老若制度から出た社会組織上の古語であつたらしいのです。舞踊を手段とする鎮魂式が、神事の主要部と考へられて来ると、舞人の長なるおきなの芸能が「翁舞」なる一方面を分立して来ます。雅楽の採桑老、又はくづれた安摩・蘇利古の翁舞と結びついて、大歌舞や、神遊びの翁が、日本式の「翁舞」と認められたと見ても宜しい。
尾張ノ浜主の
翁とてわびやは居らむ。草も 木も 栄ゆる時に、出でゝ舞ひてむ(続日本後紀)
と詠じた舞は、此交叉時にあつたものと思ひます。翁舞を舞ふ翁の意で、唯の老夫としての自覚ではなさ相です。おきなさぶと言ふ語も、をとめさぶ・神さぶと共に、神事演舞の扮装演出の適合を示すのが、元であつた様です。
翁さび、人な咎めそ。狩衣、今日ばかりとぞ 鶴も鳴くなる
と在原の翁の嘆じた、と言ふ歌物語の歌も、翁舞から出た芸謡ではなかつたでせうか。古今集の雑の部にうんざりする程多い老い人の述懐も、翁舞の詠歌と見られぬ事もない。私など「在原」を称するほかひ人の団体があつて、翁舞を演芸種目の主なものにしてゐたのではないかとさへ思うて居ます。
山姥が山の巫女であつたのを、山の妖怪と考へた様に、翁舞の人物や、演出者を「翁」と称へる様になり、人長(舞人の長)の役名ともなり、其表現する神自体(多くは精霊的)の称号とも、現じた形とも考へる様になつて行つたものであります。
だから「翁」は、中世以後、実生活上の老夫としてのみ考へる事が出来なくなつてゐるのです。
此夜話の題目に択んだ翁は、其翁舞の起原を説いて、近世の歪んだ形から、元に戻して見る事に落ちつくだらう、と思ひます。

     二 祭りに臨む老体

二夏、沖縄諸島を廻つて得た、実感の学問としての成績は、翁成立の暗示でした。前日本を、今日に止めたあの島人の伝承の上には、内地に於ける能芸化せられた翁の、まだ生活の古典として、半、現実感の中に、生きながらくり返されてゐる事を見て来たのです。
私は日…

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