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戦雲を駆る女怪
せんうんをかるじょかい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「浴槽の花嫁-世界怪奇実話Ⅰ」 教養文庫、社会思想社
1975(昭和50)年6月15日
入力者大野晋
校正者小林繁雄
公開 / 更新2006-10-08 / 2014-09-18
長さの目安約 61 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

        1

 露独連絡の国際列車は、ポーランドの原野を突っ切って、一路ベルリンを指して急ぎつつある。
 一九一一年の初夏のことで、ロシアの国境を後にあの辺へさしかかると、車窓の両側に広大な緑色の絨毯が展開される。風は草木の香を吹き込んで快い。一等の車室を借りきってモスコーからパリーへ急行しつつある若いロシア人ルオフ・メリコフは、その植物のにおいに鼻孔を擽られながら、窓の外に眼をやると、そこには、いままでの荒涼たる景色のかわりに、手入れのゆきとどいた耕地がある。白揚の並木と赤瓦の農家がある。西欧の天地だ。メリコフは汽車の速力を享楽してうっとりしている。
 ポウゼン駅にちょっと停車して動き出すとまもなく、車室の外の廊下に男女の争う声がするので、メリコフは覗いて見た。車掌が、ポウゼンから乗って来たらしい二十五、六の上品な服装の婦人を、なにか口汚く罵っている。その婦人もなかなか負けていない。なにか切符に手違いがあって、予約してあるはずの車室が取ってないというのだ。貴族階級の甘やかされている婦人に特有の口調で、女は猛烈に車掌に食ってかかっている。
「切符はいまポウゼンで買ったばかりですけれど、三時間も前に、二つ三つむこうの停車場に止まっていたこの列車に駅から電話をかけさせて車室を申し込んであるのよ。ほら、ちゃんとこう列車番号から車室の番号まで書いてあるじゃないの。」
「そんなこと言ったって、満員だから仕方がありませんよ。」
「仕方がありませんて、どうするつもり? あたしをここへ立たしとくつもり? ずいぶん馬鹿にしてるわ。」
「冗談じゃない。そんなところに立っていられちゃ邪魔でさ。つぎの駅で降りてもらおう。」
「なんですって?」
「なにがなんだ。つぎの駅で降りろと言うんだ。」
「なんて失礼なやつでしょう。名前をおっしゃい。申告してやるから。」
 というようなことから始まって、車掌は職権をかさに呶鳴りたてる。女はここぞとばかりヒステリカルに泣き出す。大変な騒ぎだから、メリコフも黙っていられない。車掌の言い草もかなり横暴なので、スラヴ族は多血質だ。むかっとして、頼まれもしないのに、女の助太刀に飛び出して行く。
「車掌君、君は婦人客にたいして物の言いかたを知らない。不親切きわまる。切符の手違いとわかったら、できないまでも、いちおう車室の融通を考えてみるのが至当じゃないか――まあま、貴女もそう泣くことはないでしょう。」
 女を庇って、車掌を白眼みつけている。
 ベルリン・ドロテイン街に住むドイツ政府直属の女国事探偵フォン・リンデン伯爵夫人は、四日前に外務当局から一通の命令を手交された。
 四日後の今日、露独連絡の国際列車によってロシア外務省からパリー駐在のロシア大使の許へ重要秘密書類を運ぶ一人の外交郵便夫が通過する。この外交郵便夫というのは、郵送できない外交上の重要物…

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