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かしはばやしの夜
かしわばやしのよる
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「宮沢賢治全集8」 ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年1月28日
初出「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社、1924(大正13)年12月1日
入力者あきら
校正者伊藤時也
公開 / 更新2003-05-15 / 2014-09-17
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 清作は、さあ日暮れだぞ、日暮れだぞと云ひながら、稗の根もとにせつせと土をかけてゐました。
 そのときはもう、銅づくりのお日さまが、南の山裾の群青いろをしたとこに落ちて、野はらはへんにさびしくなり、白樺の幹などもなにか粉を噴いてゐるやうでした。
 いきなり、向ふの柏ばやしの方から、まるで調子はづれの途方もない変な声で、
「欝金しやつぽのカンカラカンのカアン。」とどなるのがきこえました。
 清作はびつくりして顔いろを変へ、鍬をなげすてて、足音をたてないやうに、そつとそつちへ走つて行きました。
 ちやうどかしはばやしの前まで来たとき、清作はふいに、うしろからえり首をつかまれました。
 びつくりして振りむいてみますと、赤いトルコ帽をかぶり、鼠いろのへんなだぶだぶの着ものを着て、靴をはいた無暗にせいの高い眼のするどい画かきが、ぷんぷん怒つて立つてゐました。
「何といふざまをしてあるくんだ。まるで這ふやうなあんばいだ。鼠のやうだ。どうだ、弁解のことばがあるか。」
 清作はもちろん弁解のことばなどはありませんでしたし、面倒臭くなつたら喧嘩してやらうとおもつて、いきなり空を向いて咽喉いつぱい、
「赤いしやつぽのカンカラカンのカアン。」とどなりました。するとそのせ高の画かきは、にはかに清作の首すぢを放して、まるで咆えるやうな声で笑ひだしました。その音は林にこんこんひゞいたのです。
「うまい、じつにうまい。どうです、すこし林のなかをあるかうぢやありませんか。さうさう、どちらもまだ挨拶を忘れてゐた。ぼくからさきにやらう。いゝか、いや今晩は、野はらには小さく切つた影法師がばら播きですね、と。ぼくのあいさつはかうだ。わかるかい。こんどは君だよ。えへん、えへん。」と云ひながら画かきはまた急に意地悪い顔つきになつて、斜めに上の方から軽べつしたやうに清作を見おろしました。
 清作はすつかりどぎまぎしましたが、ちやうど夕がたでおなかが空いて、雲が団子のやうに見えてゐましたからあわてて、
「えつ、今晩は。よいお晩でございます。えつ。お空はこれから銀のきな粉でまぶされます。ごめんなさい。」
と言ひました。
 ところが画かきはもうすつかりよろこんで、手をぱちぱち叩いて、それからはねあがつて言ひました。
「おい君、行かう。林へ行かう。おれは柏の木大王のお客さまになつて来てゐるんだ。おもしろいものを見せてやるぞ。」
 画かきはにはかにまじめになつて、赤だの白だのぐちやぐちやついた汚ない絵の具箱をかついで、さつさと林の中にはひりました。そこで清作も、鍬をもたないで手がひまなので、ぶらぶら振つてついて行きました。
 林のなかは浅黄いろで、肉桂のやうなにほひがいつぱいでした。ところが入口から三本目の若い柏の木は、ちやうど片脚をあげてをどりのまねをはじめるところでしたが二人の来たのを見てまるでびつくりして、…

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