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葡萄水
ぶどうすい
作品ID1940
著者宮沢 賢治
文字遣い新字旧仮名
底本 「新修宮沢賢治全集 第十巻」 筑摩書房
1979(昭和54)年9月15日
入力者田代信行
校正者今井忠夫
公開 / 更新2003-05-03 / 2014-09-17
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     (一)[#「(一)」は縦中横]

 耕平は髪も角刈りで、おとなのくせに、今日は朝から口笛などを吹いてゐます。
 畑の方の手があいて、こゝ二三日は、西の野原へ、葡萄をとりに出られるやうになったからです。
 そこで耕平は、うしろのまっ黒戸棚の中から、兵隊の上着を引っぱり出します。
 一等卒の上着です。
 いつでも野原へ出るときは、きっとこいつを着るのです。
 空が光って青いとき、黄いろなすぢの入った兵隊服を着て、大手をふって野原を行くのは、誰だっていゝ気持ちです。
 耕平だって、もちろんです。大きげんでのっしのっしと、野原を歩いて参ります。
 野原の草もいまではよほど硬くなって、茶いろやけむりの穂を出したり、赤い実をむすんだり、中にはいそがしさうに今年のおしまひの小さな花を開いてゐるのもあります。
 耕平は二へんも三べんも、大きく息をつきました。
 野原の上の空などは、あんまり青くて、光ってうるんで、却って気の毒なくらゐです。
 その気の毒なそらか、すきとほる風か、それともうしろの畑のへりに立って、玉蜀黍のやうな赤髪を、ぱちゃぱちゃした小さなはだしの子どもか誰か、とにかく斯う歌ってゐます。
「馬こは、みんな、居なぐなた。
 仔っこ馬もみんな随いで行た。
 いまでぁ野原もさぁみしん[#「ん」は小書き]ぢゃ、
 草ぱどひでりあめばがり。」
 実は耕平もこの歌をききました。ききましたから却って手を大きく振って、
「ふん、一向さっぱりさみしぐなぃんぢゃ。」と云ったのです。
 野原はさびしくてもさびしくなくても、とにかく日光は明るくて、野葡萄はよく熟してゐます。そのさまざまな草の中を這って、真っ黒に光って熟してゐます。
 そこで耕平は、葡萄をとりはじめました。そして誰でも、野原で一ぺん何かをとりはじめたら、仲々やめはしないものです。ですから耕平もかまはないで置いて、もう大丈夫です。今に晩方また来て見ませう。みなさんもなかなか忙がしいでせうから。

     (二)[#「(二)」は縦中横]

 夕方です。向ふの山は群青いろのごくおとなしい海鼠のやうによこになり、耕平はせなかいっぱい荷物をしょって、遠くの遠くのあくびのあたりの野原から、だんだん帰って参ります。しょってゐるのはみな野葡萄の実にちがひありません。参ります、参ります。日暮れの草をどしゃどしゃふんで、もうすぐそこに来てゐます。やって来ました。お早う、お早う。そら、
耕平は、一等卒の服を着て、
野原に行って、
葡萄をいっぱいとって来た、いゝだらう。
「ふん。あだりまぃさ。あだりまぃのごとだん[#「ん」は小書き]ぢゃ。」耕平が云ってゐます。
 さうですとも、けだしあたりまへのことです。一日いっぱい葡萄ばかり見て、葡萄ばかりとって、葡萄ばかり袋へつめこみながら、それで葡萄がめづらしいと云ふのなら、却って耕平がいけ…

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