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蕎麦の味と食い方問題
そばのあじとくいかたもんだい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆 別巻19 蕎麦」 作品社
1992(平成4)年9月25日
入力者加藤恭子
校正者もりみつじゅんじ
公開 / 更新2001-02-24 / 2014-09-17
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 その昔、武士と通人は「もり」、町人は「かけ」を好み、百姓は「饂飩」と定まっていたという話があります。
 蕎麦の味は「もり」にあり、種物食うべからずという位のものとされているなどと通人はいっています。この「もり」の水が切れるか切れないかというちょっとした間は、蕎麦の一番旨いものとされているのであります。水気が多く残っていてもいけないし、またもそもそにのびてしまってはなおさらいけないもので、旨いという時は水気を切ったその時であります。
 蕎麦は硬い方がよいなどと通人のような「キザ」なことをいって、生蕎麦を食って喜んでいる人もあるというから、人はさまざまであります。
 専門家にいわせると、「もり」は蒸籠の四隅に盛って平らにならして出すのは本当であるといっています。そうすると箸でつまんでするするといつまでも続いて立って食わねばならないようなことになって、これがよいとされているのでありますが、面倒といった風に真中へ盛り上げて四方に広げるものですから、引いても引いても蕎麦が固まり続いて、顔を横にして食い切ったり箸ではさみ切ったりすることになります。これは蕎麦屋の職人が悪いからでありますが、これなども主人の心得一つであります。また素人で通ぶって「どうも蕎麦は箸ではさんで千切れるようなのはいけない、するするつながって来る方がよい」などという人があるのですから、段々蕎麦も悪くなり、また職人も不真面目になってごまかしものを作ったり支那蕎麦を拵えたり、時には蕎麦か饂飩の見分けのつかぬものを作るようになるのであります。
 蕎麦の食い方は、箸ではさんで尻の方を一寸三分ばかり汁へつけて、箸の方から口へ入れ、一度汁のつかないままで、口でしめしてから本当の蕎麦の味と香気を味わいて後、静かに汁のついている方を吸い込んで煮出汁の味が分るものであります。
 著者は、時々宅に取り寄せて食べることもありますが、これは第一まずい。蕎麦屋に行って食べるような味はしないので、食べ方研究のためなどと口実をもうけて出かけることも多いが、近来蕎麦屋へ行ってもまずいことが多い。第一椅子に腰をかけて靴のままで蕎麦を味わうというのですから、旨かろう筈はない。また端で食べている人々を見ても如何にスピード時代とはいいながら、「かけ」を食べているのか「もり」を食べているのか分らないようで、「もり」を食べるに、汁の中へ薬味をうんなり入れ込み、その汁へ蕎麦を浸け込んで食べている人が多い。丁度「かけ」の冷ましたものを食べているようであります。これは蕎麦の味などの知ることがない、ただ醤油の辛味と薬味の味を減ずることと、多く食べて満腹するに過ぎないのである。停車場のプラットホームや特殊の料理は別として、本当の蕎麦を味わうには、やはり畳の上で静かに座して食べる方が真の味があります。
 近来椅子に腰をかけて蕎麦を食べている客の大半は、…

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