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さる
原題AFFENPSYCHE
著者
翻訳者森 鴎外 / 森 林太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「鴎外選集 第14巻」 岩波書店
1979(昭和54)年12月19日
初出「新日本 三ノ三」1913(大正2)年3月1日
入力者tatsuki
校正者浅原庸子
公開 / 更新2001-09-15 / 2016-02-01
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 猿と云ふものは元から溜まらない程己に気に入つてゐる。第一人間に比べて見ると附合つて見て面白い処がある。それから顔の表情も人間よりははつきりしてゐて、手で優しく搦み付くところなぞは、人間が握手をするよりも正直に心持を見せてゐるのだ。それから猿の一番好い性質は、生利きにも猿を滑稽なものに言ひ做してゐる人間よりも、遙に残酷でないことである。猿は昔から人間の真似をしてゐるが、まだ人間の乱暴と不行跡とを真似たことはない。只一つ猿の人間に優つてゐないところは、たしかに人間と同じやうに焼餅を焼くことである。ビユツフオンの飼つてゐたシンパンジイ種の猿は、主人の好いた或る女が来る度に厭がつて、主人の杖を持ち出して威したさうだ。
 猩々やシンパンジイの猟をしたドユ・シヤイユウは人を避けて穴居してゐるこの猿共の性質の面白いことを報告してゐる。この男は平気で、なんの不思議な業でもない積りで、一疋のシンパンジイが木の枝に隠れて寝てゐるのを殺したことを話した。猿は気の毒にも木の葉の蔭で隠れおほせた積りでゐたのだ。人間と云ふ永遠なる獄卒は眠らずに隙を覗つてゐるのである。ドユ・シヤイユウは寝た猿に狙ひ寄つたのだ。その時の事がこんな風に書いてある。「余は一疋の猿の巣に籠りて友を呼ぶを見たり。その傍には第二の巣を営みありき。呼ばれて答ふる第二の猿の声は直ちに聞えたり。余は同時に二疋の猿を殺すことを得べきを思ひて喜びゐたり。然るに同行者の身を動かしたるが為めに、用心深き猿は余等の潜伏しあるに気付きたり。巣に籠りたる猿は木より下り来らんとす。余はこれを取り逃さんことを恐れて狙撃したり。その猿は即死して地に墜ちたり。これを見るに雄猿なりき。」かう書いてある。ドユ・シヤイユウは雄猿を獲たのに満足しないで、雌猿をも殺した。又一匹の子猿がその雌猿の乳房を含んでゐたのを引き放した。子猿は啼いた。そのヒヨオ/\/\と云ふ声が聞く人の胸に響いた。子猿は母猿の死骸に捜り寄つて、その手や口の冷えてゐるのに触れてヒヨウ/\/\と啼き続けた。この所の記事は実に読むに忍びない。試に人間の子が母親の乳を含んでゐる時、シンパンジイが来てその母親を殺したと思へ。我等は必ずや「ひどい獣だ」と罵るであらう。人間はどうかすると実にひどい獣になる。これに反してシンパンジイは老年になつて意地が悪くなる事もあるが、大抵気が優しくて、子供を愛してゐる。
 己はいつか昔一しよに住つてゐて、黒パンを分けて食つた子猿の話をした事がある。ジユヂツク夫人はリユウ・ド・ラ・フイデリテエに住んでゐた頃、この猿を知つてゐた。外へ出た序にリユウ・ド・パラヂイ・ポアソンニエエルに立ち寄つて、このリツトル・ジヤツクと云ふ子猿に砂糖を一切れづゝくれて行つた。ジヤツクもあの女藝術家をひどく好いてゐた。一体動物は人間に対してひどく好き嫌ひがある。人間のちよつとした科…

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