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アンドレアス・タアマイエルが遺書
アンドレアス・タアマイエルがいしょ
作品ID2065
原題ANDREAS THAMEYERS LETZTER BRIEF
著者シュニッツレル アルツール
翻訳者森 鴎外 / 森 林太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「鴎外選集 第14巻」 岩波書店
1979(昭和54)年12月19日
初出「明星 申歳一」1908(明治41)年1月1日
入力者tatsuki
校正者浅原庸子
公開 / 更新2001-10-23 / 2016-02-01
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 小生は如何にしても今日以後生きながらへ居ること難く候。何故と申すに小生生きながらへ居る限りは、世間の人嘲り笑ひ申すべく、誰一人事実の真相を認めくるる者は有之まじく候。仮令世間にては何と申し候とも、妻が貞操を守り居たりしことは小生の確信する所に有之、小生は死を以て之を証明する考に候。今日まで種々の書籍に就て、此困難なる、又疑団多き事件に就き取調べ候処、著述家の中には斯様なる事実の有り得べきことを疑ふ者少からず候へども、知名の学者にして斯の如き事実の有り得べきことを認め居る者も少からざるやう相見え候。マルブランシユの記録する所に依れば、某氏の妻、聖ピウスの祭の日にピウスの肖像を長き間凝視し居りしに、其女の生みし男子の容貌全く彼肖像に似たりし由に候。生れたる赤子は彼聖者の如く老衰したる面貌を呈し、生れし時、両手を胸の上にて組み合せ、開きたる目は空を見居り、肩の上に黶子ありて、聖者の戴ける垂れたる帽子の形になり居りし由に候。若し此記者マルブランシユの著名なる哲学者たり、デカルトの後継者たるをも猶信じ難しと為す者あらば、小生は更にマルチン・ルウテルの伝へし所を紹介致すべく候。ルウテルの食卓演説の中に左の如き物語有之候。ルウテルがヰツテンベルヒに在りし時、頭の形、髑髏に似たる男を見しことありて、其履歴を問ひしに、其男の母は妊娠中死骸を見て甚しく驚きしことありし由に候。其の他ヘリオドオルがリブリイ、エチオピコオルムに記載したる物語の如きは、最も信を置く可きものゝ如く存ぜられ候。エチオピアの王ヒダスペスは后ペルシナを娶りて十年の間子無かりしに、十年目に姫君誕生ありし由に候。然るに其姫君は白人種に異らざりしゆゑに、父王に見せなば其怒りに触るべしと思ひ、密に人に托して捨てさせし由に候。さりながら其子を捨つる時、此不思議なる出来事の原因を記したる帯を添へて捨てさせし由に候。帯に記したる所は、后が王の寵愛を受けし場所は王宮の花園にして、其処には希臘の男女の神体を彫める美しき大理石の立像数多有りし由に候。后は王の寵愛を受くる時、常に其石像を見守りし由に候。今一つの事例は、千六百三十七年仏国にて証明せられし出来事にして、是等は此類の事件を信ずる者の必ずしも無教育者若しくは迷信家のみにあらざることを証するに余あるやう存ぜられ候。其事実は四年間良人に別れ居りし妻、一男子を生みしが、其女は始終良人と同衾する夢を見居りし由に候。当時の医師産婆等は皆斯かる事実の有り得べきことを表白し、ハアウルの裁判所にても、生れたる男子に嫡出子のあらゆる権利を与へし由に候。ハンベルヒの著述『自然に於ける不思議なる事実』の七十四頁にも似寄の記事有之候。或婦人の生みし子、獅子の頭を有し居りしが、其婦人は妊娠して七箇月目に母と良人とに伴はれて獅子使ひの見世物を見物せし由に候。又リムビヨツクの著述『母の物を見ることに…

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