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幽霊と推進機
ゆうれいとスクリュウ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集6」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年3月24日
入力者柴田卓治
校正者浅原庸子
公開 / 更新2004-03-09 / 2014-09-18
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

元の日活会社長S・M氏といったら、その方面の古い関係者は大抵知っているであろう。娑婆の波風の中でも一番荒い処を渡って来た人で、現在は香港に居住して日本人の父M翁と呼ばれている。左記は同氏が、筆者に書いてくれないかと云って話した怪談の体験である。かなり古い出来事ではあるが、純然たる実際家肌の同氏が真剣になって話す態度を見ていると事実としか思えない。細かい部分は筆者から質問したものであるが、多少の記憶の誤りがあるかも知れない。謹しんで翁の是正を乞うておく。

 明治十九年の夏、七月二十五日朝五時半に、ピニエス・ペンドルという南洋通いの荷物汽船が、香港を出て新嘉坡に向った。噸数は二千五百。船長は背の高い、色の黒い、チョット仏蘭西人に見える英国人であった。経歴はよくわからないが、何となくスゴイ感じのする無口な男で、海員クラブでも相当押しが利いていた。
 一等運転手は若いハイカラなヤンキー、客船出身だけに淡水と、襟と、ワイシャツの最大浪費者だと聞いた。二等運転手は猶太系の鷲鼻を持った小男で、人種はよくわからない。世界中の言葉を使ってクルクルと働きまわる男、機関長は理窟っぽいコルシカ人と聞いたが成る程、憂鬱そうな風付きがどこやらナポレオンに似ていた。
 それから水夫長は純粋のジョンブル式ビール樽で、船長よりも風采が堂々としていた。おまけに腕力が絶倫と来ているので、頭の上らないのは古くから居る船長だけ……気に入らないと運転手にでもメリケンを喰わせるというのだから、船の中のぬしみたような男に違いない。水夫でもウッカリ反抗したら最後、足を捉まえて海に放り込むという評判を、まだ陸に居るうちに海員仲間から聞いた。ツイこの間も香港に着く前にチョットした口論から船医をノシてしまったので、出帆間際まで船医が帰って来なかった。だからトウトウ待ち切れないで船を出したという話を、船に乗ると直ぐにボーイに聞かされた位である。
 私はソンナ内幕を聞いているうちに、コイツは物騒な船に乗ったもんだと思った。しかし実をいうと私は、その水夫長の世話でこの船へ便乗して、ボルネオに密航するつもりだったので今更驚いても追っ付かなかった。
 もっともソウいう私もまだ若かった。最近にヤンキーのインチキ野郎を一人、半殺しにしたのが八釜しくなって、領事の顔を立てるために香港を飛び出した位の荒武者だったから、普通人程にビク付きはしなかった。殊に強慾な水夫長はシコタマ掴まされている関係上、私を特別の親友扱いにして、やたらにチヤホヤしてくれたのであったが、しかし、それでも私は、陸の上と海の上と、勝手が非常に違うことを知っていたので、停泊中の二三日ばかりは頗る神妙にして、水夫長の室に小さくなっていた。
 香港を出てから二日の間、コレダケの人間が皆揃って食堂に出た。つまり私を入れた都合六人の上級船員が、一番先に食事をするのであ…

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