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戦場
せんじょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集6」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年3月24日
初出「改造」改造社、1936(昭和11)年5月号
入力者柴田卓治
校正者kazuishi
公開 / 更新2004-08-04 / 2014-09-18
長さの目安約 53 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     はしがき

 この一文は目下、埃及のカイロ市で外科病院を開業している芬蘭[#「芬蘭」はママ]生まれの独逸医学博士、仏蘭西文学博士オルクス・クラデル氏が筆者に送ってくれた論文?「戦争の裡面」中の、戦場描写の部分である。原文は同氏の手記に係る独逸語であるが、今まで世界のどこにも発表されたことのない、珍らしいものである。
 当時、中欧最強の新興国として、現在の日本と同じように、全世界の砲門を睨み返していた彼のモノスゴイ独逸魂の、血潮したたる生々しい断面を、この一文によって読者諸君は眼のあたり見る事が出来るであろう。
 オルクス・クラデル氏は、欧洲大戦終了後、一時長崎の某外科病院(日本人経営)に傭医員として、来ていたことがある。それが、或る軍事上の研究の使命を帯びていたものであることは、この論文中の他の部分に於て察知出来るのである。
 筆者は嘗て鉄道事故のため負傷して、その外科病院に入院し、クラデル氏と知り合ったのである。氏に就いての印象は、遠慮のないところ、世にも不可思議な存在で、氏は自身に、「私は白人の中でも変り種です。学名をヒンドロ・ジュトロフィと呼ばれる一寸坊の一種です」と説明するように、背丈がグッと低く、十三、四歳の日本児童ぐらいにしか見えないところへ、頸部は普通の西洋人以上に巨大く発達しているために、どうかすると佝僂に見え易い。然しクラデル氏は、その精神に於ては、外貌とは全く反対な人物で、通例一般の片輪根性や、北欧の小国人一流の狡猾なところはミジンもなく、如何にも弱い、底の知れないほど人の好い高級文化人である。そして、勿論本職の外科手術については驚ろくべき手腕を持っていた。
 さて最後に、彼が嘗て軍医として活躍したにもかかわらず、戦争の問題になると、徹頭徹尾戦慄と呪咀の心を表明していたことを書き添えておく。

       一

 ……おお……悪魔。私は戦争を呪咀う。
 戦争という言葉を聞いただけでも私は消化が悪くなる。
 戦争とは生命のない物理と化学とが、何の目的もなしに荒れ狂い吼えまわる事である。
 戦争とは蒼白い死体の行列が、何の意味もなく踊りまわり跳ねまわる中に、生きた赤々とした人間の大群が、やはり何の興味も、感激もなしにバタバタと薙ぎ倒おされ、千切られ、引裂かれ、腐敗させられ、屍毒化させられ、破傷風化させられて行くことである。
 その劇薬化させられた感情の怪焔……毒薬化させられた道徳の異臭に触れよ。戦慄せよ。……一九一六年の一月の末。私が二十八歳の黎明……伯林市役所の傭医員を勤めていた私は、カイゼルの名によって直ちに軍医中尉を拝命して戦線に出でよ……との命令で、貨物列車――トラック――輜重車――食糧配給車という順序にリレーされながら一直線にヴェルダンの後方十基米の処に在る白樺の林の中に到着した。
 その林というのは砲火に焼き埋められた…

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