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所感
しょかん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集11」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年12月3日
初出「新青年 第七巻第十二号」1926(大正15)年10月
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2006-06-10 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「アヤカシの鼓」当選後の所感を書けとのことですが、只今のところ私のあたまは諸大家の御評を拝してすっかりたたきつけられていまして、いくらか残っていた自画自讃みたような気もちまでもパンクしてしまったばかりのところなので、所感なぞいう気もちにはとてもなれません。ですからここには只、私が執筆中知らず知らずに陥っていた錯覚がどんな風にこの一篇に影響しているかという原因についての告白みたようなものを述べまして、一つは選をなすった方の御苦心の万一に酬い、且つは私の心に消え残っている妄執を打ち消すよすがともさして頂きたいと思います。
 震災後の或る年の秋でした。ある地方で私の師であるAという人の「俊寛」の能がありまして、私も地謡の末席として招集されましたので、私は職業の方を二日ばかり休むことにしました。
 その能の前日のこと、A先生は同地の旅館の一室で私たちに俊寛の面を出して見せて、「震災でよごれたから手入れに遣ったらこんなに白く塗りかえてしまった。弱く見え過ぎて困っているんだが……」と云いました。「ヘエ」と云いながら私は手を支いて黙って見ておりますとうしろからその地方の富豪でBという人が、「C未亡人の処に素敵な俊寛の面がある」と耳打ちをしました。そこに居る人々の中で私だけがC未亡人に面識があることをB氏は知っていたらしいのです。私は誰にも云わずに只一人でC未亡人を訪れて、「突然でまことに何ですが、御秘蔵の俊寛の面を拝見さして頂けますまいか」と頼みました。すると未亡人は暗い顔になりまして、「それはお気の毒様ですが今はこちらに御座いません。或る方が東京へ持って行かれまして、どうしてもお返しになりませんので」と答えました。私はその時に、その「ある方」というのが、亡くなられた御主人C氏の謡曲の先生で、某流のD氏であることを直覚しました。同時にC未亡人の好意を感謝してお暇をしましたが、実はガッカリしてしまいました。もしその「俊寛」が良い面で、明日の能に対するA先生の不安を一掃することが出来たら……という私の期待がスッカリ裏切られたからであります。
 私はC夫人の家を出ると、夕日のさす町を歩きながらいろんな事を考えさせられました。もしその面が、或る深い因縁から来た執着でD氏の手に持って行かれたものとしたら、それをC夫人のために取り返すにはどうしたらいいであろう。又もしDさんが若い美しい婦人であるとして、A先生の内弟子のE君か誰かをお使いに立てて取り返しに遣ったら什麼ことになるであろう。それとも又その面が此間の震災で焼失していたらどうであろう。もしくはその面だけが焼け残ってD氏が白骨となっていたら……なぞとそれからそれへ妄想をつづけて、何だか纏まったものになりそうに思われた時に私はあぶなく転びそうになりました。見るといつの間にかゴロゴロした砂利道へ這入っています。その途端に私はゆうべ紅…

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