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江戸川乱歩氏に対する私の感想
えどがわらんぽしにたいするわたしのかんそう
作品ID2128
著者夢野 久作
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集11」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年12月3日
入力者柴田卓治
校正者mineko
公開 / 更新2001-04-23 / 2014-09-17
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 江戸川乱歩氏に「久作論」を頼んだから、私はそれに対する「乱歩論」を書けという註文が猟奇社から来ました。
 私はとりあえずドキンとしましたが、あとから直ぐに「これは書けない」と思いました。
 乱歩氏は私の未見の恩人の一人なのです。
 乱歩氏はズット前に、私が生れて初めて書いた懸賞探偵小説を闇から闇に葬るべく、思う存分にコキ下されました。又、一昨年、私が或る老婦人の手記を中心にした創作を書いた時には口を極めて賞讃されました。もっとも後者はつまるところ、その手記を私に提供した老婦人の手柄になった訳ですけれども、いずれにしても縁もゆかりもない一素人の投稿作品を、あんなにまで徹底的に読んであんなにまで真剣に批判して下すった同氏の、芸術家としての譬えようのない、清い高い「熱」によって、私がどんなにまで鞭撻され、勇気付けられ、指導されたか……という事は、私自身にも想像が及ばないでいるのです。
 そのような恩人の作品を公開的に批評する事が、どうして私に出来ましょう。
 さもなくとも乱歩氏は当代、探偵小説界の大先輩で居られるのに、これに対する私は後進も後進……一介の愛読者に過ぎない程度の者です。そのような立場の者です。たとい頼まれたにしても公々然と名前を出して、大先輩と取り組み合うというような非常識な事が、どうして出来ましょう。世間の物笑いの種になる事が、わかり切っているではありませぬか。
 そればかりではありません。元来、私は、中学を末席で出ただけの無学な者で、文壇の傾向とか、芸術の批判とかいうような理屈ばった事には頭を突込む資格のない……ただ色々なものを勝手に読んだり、書いたりするのが楽しみというだけの野生的な利己主義者らしいのです。批評の標準も持たなければ、説明の形式や術語もわからないのです。ですから他人の作品をドウ思っているにしても、それを筆にするという事は出来るだけ差し控えねばならぬ。結局、自分の恥を曝すに過ぎない……という事が、すぐに考えられるではありませんか。
 しかも、そうした私の立場や、乱歩氏との関係を充分に承知していながら「乱歩論」を書けという猟奇社の注文は、とりも直さず文筆上の重刑でなくて何でしょう。……精神的な火渡り刑でなくて何でありましょう。
 乱歩氏が「久作論」を書かれるのは何でもないにしても、私の方はナカナカそうは行きませぬ。「売名」「軽薄」「増長」の誹りを免れない事は明白で、猟奇社はつまるところ面白半分に、横綱とトリテキを組み合わせようとしているのじゃないか知らん……猟奇的な悪趣味から、私を引っぱり出そうと試みているのじゃないか知らん……というような一種の遠慮とヒガミを兼ねたような反撥感から、私はいつまでも返事を出さずにおいたのでした。猟奇の編輯者には相済まぬ事ながら、わざと黙殺を希望していたのでした。
 ところが最近に猟奇社から再度の催促状…

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