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挿絵と闘った話
さしえとたたかったはなし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集11」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年12月3日
入力者柴田卓治
校正者しず
公開 / 更新2001-07-23 / 2014-09-17
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「犬神博士」は私が何等の自信もないままに、突然福日社から頼まれたものです。むろん一度ならず、お断りしかけましたし、福日社も私の危虞を察して「それじゃ止そうか」と云われたものですが、旧知の青柳君がどこかで「挿絵は生れて初めてだが、夢野君のものなら扱ってみたい」と云った事を洩れ聞きましたので、すっかりインフラしてしまって、とうとう無理に福日社へ押しかけて書かしてもらうことになったものです。もちろん私も新聞ものは生れて初めてでしたので、「新米同志なら一丁来い」という気持が主になっていた事は否定出来ません。青柳君も、馬琴の八犬伝を「俺の絵で売れるんだ」といった北斎ぐらいの自信は持っていたことでしょう。
 ところが私の「犬神博士」の方は不慣れなのと、追いかけられるのと、母の大病と、そのほか何やかやゴチャゴチャしたために思わぬ失態が百出しまして、とうとう打ち切られてしまいました。……にも拘わらず挿絵の方は非常な好評で、引き続き大家、十一谷義三郎氏の「神風連」を描くことになりました。つまり私の筆の方は残念無念にも、完全にノック・アウトされた訳で、自分ながら小気味のよい思い出になってしまいました。もっとも、ほかの知らない人からコンナ目に遭わされたのでしたら、ただ矢鱈に口惜しいばかりだったかも知れませぬが、相手が青柳君だったもんですから、座角力に負けた位の気持ちにしかならなかったものでしょう。むろんモウ一度、どこかで取り組んで眼に物見せてやりたいとは思っておりますが……。
 青柳君の芸術は貪慾の深い芸術です。これが同君の持って生れた因果かも知れませぬが、同君の挿絵を一眼見たらわかるでしょう。一見飄逸なような、わがままなような、投げ遣りなような構想と筆致の中に、一筆一点でも他人に指させまいとする緊張味が籠っております。内外の古典、写実……純正、立体、超現実に致るまでのあらゆる風派の味と力が用意、不用意の中に取り入れられております。
 それだけでも同君の味覚と、歯力と、消化力が、いかに素晴らしいものがあるかがわかると同時に同君が一切の事象と、如何に真剣に取り組んでいるかがわかるでしょう。しかも、その中に閃めき、にじみ、ほのめいて全体を蔽い、引き締めている同君独特の持ち味に到っては、今から既に(敢えてそう云います)鬱然たる大樹の萌芽をあらわしているばかりでなく、その画風の健康さ、境界の深大さが、一つの目に見えぬ力となって画面に盛り上り、跳ねかえっているのがアリアリと看取されるのであります。同君が、これだけの内容を熟させるべく自己を鍛い上げるには、なかなか容易の業ではないでしょう。
 しかも同君は、この抱負を自覚しているようです。同君が外界の事象と四つに取組むと同時に、こうした自己の内部のものと必死に取組み合って、蒼白い、必死の膏血を滴らし続けていることがその絵によって窺われますから…

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