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近世快人伝
きんせいかいじんでん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集11」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年12月3日
初出「新青年」1935(昭和10)年4月号~10月号
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2006-09-21 / 2014-09-18
長さの目安約 161 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

まえがき



 筆者の記憶に残っている変った人物を挙げよ……という当代一流の尖端雑誌新青年子の註文である。もちろん新青年の事だから、郵便切手に残るような英傑の立志談でもあるまいし、神経衰弱式な忠臣孝子の列伝でもあるまいと思って、なるべく若い人達のお手本になりそうにない、処世方針の参考になんか絶対になりっこない奇人快人の露店を披く事にした。
 とはいえ、何しろ相手が了簡のわからない奇人快人揃いの事だからウッカリした事を発表したら何をされるかわからない。新青年子もコッチがなぐられるような事は書かないでくれという但書を附けたものであるが、これは但書を附ける方が無理だ。奇行が相手の天性なら、それを書きたいのがこっちの生れ付きだから是非もない。サイドカーと広告球を衝突させたがる人間の多い世の中である。お互いに運の尽きと諦めるさ。
[#改ページ]


頭山満



 ナアーンダ。奇人快人というから、どんな珍物が出て来るかと思ったら頭山先生が出て来た。第一あんまり有名過ぎるじゃないか。あんなのを奇人快人の店に並べる手はない。明治史の裡面に蟠踞する浪人界の巨頭じゃないか。維新後の政界の力石じゃないか。歴代内閣の総理大臣で、この先生にジロリと睨まれて縮み上らなかった者は一人も居ない偉人じゃないか……とか何とか文句を云う者が大多数であろう。
 ……怪しからん。頭山先生を雑誌の晒し物にするとは不埒な奴じゃ。頭山先生は現代の聖人、昭和維新の原動力だ。そんな無礼な奴は絞め上げるがヨカ……とか何とか腕まくりをして来る黒切符組もないとは限らないが、まあまあ待ったり。話せばわかる。
 筆者のお眼にかかった頭山先生は、御自身で、御自身を現代の聖人とも、昭和維新の原動力とも、何とも思って御座らぬ。「俺は若い時分にチットばかり、漢学を習うたダケで、世間の奴のように、骨を折って修養なぞした事はない。一向ツマラヌ芸無し猿じゃ」と自分でも云うて御座る。それでいて西郷隆盛の所謂、生命も要らず、名も要らず、金も官位も要らぬ九州浪人や、好漢安永氏の所謂「頭山先生の命令とあれば火の柱にでも登る」というニトロ・グリセリン性の青年連に尻を押されて、新興日本の尻を押し通して御座った……しかも一寸一刻も、寝ても醒めても押し外した事はなかった。日本民族をして日清、日露の国難を押し通させて、今は又、昭和維新の熱病にかかりかけている日本を、そのまんま、一九三五年の非常時の火の雨の中に押し出そうとして御座る。……ように見えるが、その実、御自身ではドウ思って御座るかわからない。ただ相も変らぬ芸無し猿、天才的な平凡児として持って生まれた天性を、あたり憚らず発揮しつくしながら悠々たる好々爺として、今日まで生き残って御座る。老幼賢愚の隔意なく胸襟を開いて平々凡々に茶を啜り、談笑して御座る。そこが筆者の眼に古今無双の奇人兼、快人と見…

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