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巴里より
パリイより
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「巴里より」 金尾文淵堂
1914(大正3)年5月3日
入力者武田秀男
校正者松永正敏
公開 / 更新2011-06-01 / 2014-09-16
長さの目安約 361 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「巴里より」の初めに


 予等は日夜欧羅巴に憬れて居る。殊に巴里が忘れられない。滞留期が短くて、すべて表面計りを一瞥して来たに過ぎない予等ですら斯うであるから、久しく欧洲の内景に親んだ人人は幾倍か此感が深いことであらう。
 近日、友人徳永柳洲君は画を、予等夫妻は詩歌を以て滞欧中の所感を写した「欧羅巴」一冊を合作しようと計画して居る。其れは同期に欧洲に遊んだ画家と詩人の記念であるのみならず、互に「海のあなた」の恋しさを紛らさうとする手ずさびである。
 併し、此「巴里より」一冊は其様な意味から世に出だすのではない。
 予は明治四十四年十一月八日に横浜から郵船会社の熱田丸に乗つて海路を取り、予の妻は翌年五月五日に東京を立つてシベリヤ鉄道に由り、共に前後して欧洲に向つた。
 予等は旅中の見聞記を毎月幾回か東京朝日新聞に寄せねばならぬ義務があつた。猶晶子は雑誌婦人画報などに寄稿する前約があつた。そして新聞雑誌の性質上、予等の通信は予め「通俗的に」と云ふ制限を受けて居た。
 予の欧洲に赴いた目的は、日本の空気から遊離して、気楽に、且つ真面目に、暫らくでも文明人の生活に親むことの外に何もなかつた。実に筆を執つて皮相の観察を書くことなどは少からぬ苦痛なのである。自然予等は通信の義務を懈ることが多かつた。
 今ここに、書肆から望まれるに其等の見聞記を集めて読み返して見ると、すべて卒爾に書いた杜撰無用の文字のみであるのに赤面する。初めから一冊の書とする予期があつたのなら、少しは読者の興味を刺激するに足る経験や観察を書き洩さずに置いたものを。
 何れの地の記事も蕪雑であるが、伊太利の紀行中、羅馬に就ては数回に亘る記事を一括して新聞社へ送つた筈であつたのに、其郵便が日本へ着かずに仕舞つた。ナポリ、ポンペイ等の記事も同様である。其等の郵便を予自身に郵便局へ赴いて差立てなかつたのが過失であつた。人気の悪るいナポリの宿の下部に托した為めに故意に紛失された[#「された」は底本では「さされた」]のであつた。さりとて今更記憶を辿つて書き足す気にもならない。此書の為に益々不備を憾むばかりである。
 予と船を同じうして欧洲に遊び、予より一年遅れて帰つた徳永柳洲君が、在欧中の画稿から諸種の面白い材題を撰んで此書の挿画と装幀とに割愛せられたのはかたじけない。柳洲君の才筆を添へ得て初めて此書を世に出だす意義を生じたやうに思ふ。
 予等は主として巴里に留つて居た。従つて此書にも巴里の記事が多い。「巴里より」と題した所以である。
   大正三年五月
よさの・ひろし
[#改丁]


上海



 ※田丸[#「執/れんが」、U+24360、1-5]から上陸した十余人の旅客は三井物産支店長の厚意で五台の馬車に分乗し、小崎用度課長の案内で見物して廻つた。上海へ来て初めてガタ馬車以外の馬車に乗つた人も少くない。勿論…

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