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宣言一つ
せんげんひとつ
作品ID217
著者有島 武郎
文字遣い新字新仮名
底本 「惜しみなく愛は奪う」 角川文庫、角川書店
1969(昭和44)年1月30日改版初版
初出「改造」1922(大正11)年1月
入力者鈴木厚司
校正者
公開 / 更新1998-06-22 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 思想と実生活とが融合した、そこから生ずる現象――その現象はいつでも人間生活の統一を最も純粋な形に持ち来たすものであるが――として最近に日本において、最も注意せらるべきものは、社会問題の、問題としてまた解決としての運動が、いわゆる学者もしくは思想家の手を離れて、労働者そのものの手に移ろうとしつつあることだ。ここで私のいう労働者とは、社会問題の最も重要な位置を占むべき労働問題の対象たる第四階級と称せられる人々をいうのだ。第四階級のうち特に都会に生活している人々をいうのだ。
 もし私の考えるところが間違っていなかったら、私が前述した意味の労働者は、従来学者もしくは思想家に自分たちを支配すべきある特権を許していた。学者もしくは思想家の学説なり思想なりが労働者の運命を向上的方向に導いていってくれるものであるとの、いわば迷信を持っていた。そしてそれは一見そう見えたに違いない。なぜならば、実行に先立って議論が戦わされねばならぬ時期にあっては、労働者は極端に口下手であったからである。彼らは知らず識らず代弁者にたよることを余儀なくされた。単に余儀なくされたばかりでなく、それにたよることを最上無二の方法であるとさえ信じていた。学者も思想家も、労働者の先達であり、指導者であるとの誇らしげな無内容な態度から、多少の覚醒はしだしてきて、代弁者にすぎないとの自覚にまでは達しても、なお労働問題の根柢的解決は自分らの手で成就さるべきものだとの覚悟を持っていないではない。労働者はこの覚悟に或る魔術的暗示を受けていた。しかしながらこの迷信からの解放は今成就されんとしつつあるように見える。
 労働者は人間の生活の改造が、生活に根ざしを持った実行の外でしかないことを知りはじめた。その生活といい、実行といい、それは学者や思想家には全く欠けたものであって、問題解決の当体たる自分たちのみが持っているのだと気づきはじめた。自分たちの現在目前の生活そのままが唯一の思想であるといえばいえるし、また唯一の力であるといえばいえると気づきはじめた。かくして思慮深い労働者は、自分たちの運命を、自分たちの生活とは異なった生活をしながら、しかも自分たちの身の上についてかれこれいうところの人々の手に託する習慣を破ろうとしている。彼らはいわゆる社会運動家、社会学者の動く所には猜疑の眼を向ける。公けにそれをしないまでも、その心の奥にはかかる態度が動くようになっている。その動き方はまだ幽かだ。それゆえ世人一般はもとよりのこと、いちばん早くその事実に気づかねばならぬ学者思想家たち自身すら、心づかずにいるように見える。しかし心づかなかったら、これは大きな誤謬だといわなければならない。その動き方は未だ幽かであろうとも、その方向に労働者の動きはじめたということは、それは日本にとっては最近に勃発したいかなる事実よりも重大な事実だ。なぜな…

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