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東京ロマンティック恋愛記
とうきょうロマンティックれんあいき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「吉行エイスケ作品集」 文園社
1997(平成9)年7月10日
初出「近代生活」昭和6年4月号
入力者田辺浩昭
校正者地田尚
公開 / 更新2001-02-19 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 僕の同棲者の魑魅子は寝台に寝ころんで、華やかにひらいた脣から吐き出すレイマンの匂いで部屋中にエロテイィクな緑色の靄をつくりながら、僕のいつもの恋愛のテクニックを眺望しているんだ。
 かの女の前身は外人相手の娼婦なので、魑魅子には東洋の古典の絵巻にあるような繊細なこころは、あいにく持っていなかったが、女取引所にあらわれる体温によって花咲いた男性の手管を、侵略に委せて刺青した、肉体的異国的な地図と感情を失ったエモーションの波、そこに愛情の新らしい鋳型を僕は見出すのだ。だから、真紅の波紋絹に、かの女の愛の言葉は乗って、
「――………どうかしよって? うん。」
 僕は腕時計に幻れる、午後十時半の指針をみて立上る。
「――………うん。」
「――………浮気しよって?」
 すでに、僕のこころの秘密撮影をすまして、魑魅子はラーフェンクラウを小指にはさんで、どうや、と、云うような朗らかな顔をしている。
「――……うん、浮気しよった!」
 そこで、かの女は蓮の花がひらくように、僕のこころの迷彩のなかでわらいだす。その、わらい声が妖しくもある蠱惑となって僕に搦みついてくるのだ。
 僕は立ちあがると合廊下に出て電話の受話器を外した。都会と郊外の境界線にある中流のホテル、時刻は東京駅を十時五十五分の神戸行急行列車の発車すこしまえの混雑時だった。

     ★

 前夜のこと、………更けるとすこしばかし溝をつたうクレオソートの臭いが鼻に滲みたが、築地河岸附近にあるダンシング・ホールで僕はその夜、踊っていた。
 シャンデリヤにネオンサインが螺旋に巻きついた、水灯のような新衣裳のもとで、ロープモンタントをつけた女と華奢な男とが、スポットライトの色彩に、心と心を濡らして跳舞するのだ。そして、ジャズの音が激しく、光芒のなかで、歔欷くように、或は、猥雑な顫律を漾わせて、色欲のテープを、女郎ぐものように吐き出した。
 そして、縹緻よしの踊子は、たえまなく富裕な旋律のなかにいた。
 ふと、僕は気がつくのであった。この湿気のある踊場風景のなかに、赤色ジョウゼットの夜会服をつつんだ、栗鼠の豪奢な毛皮の外套をつけたアトラクティブな夜の女の華車な姿が、化粧鏡を恋愛の媾曳のための、こころの置場として、僕に微笑みかけているのだ。
 たった、ひとりで踊場にあらわれるレデーの香入りの天蓋の下で、僕は曲線のあるウィンクを感じながら、女性の罠と、慇懃な精神のむなさわぎを衝ける。
 浮舟のようにネオンサインにブルウスの曲目があらわれると、ジャズ・バンドが演奏を始めた。すると、恋を語るには千載に一遇のこの曲に立ちあがる男女、………そして、僕も立ちあがると、馴染みの踊子のアストラカンの裾を踏むようにして、
「――あの、栗鼠の毛皮の外套をつけた女を知ってる?」
 すると、僕のパートナーは陽気な鼻声をだして、
「――………気…

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