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鴉と正覚坊
からすとしょうがくぼう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「若山牧水全集 第八巻」 雄鶏社
1958(昭和33)年9月30日
入力者柴武志
校正者小林繁雄
公開 / 更新2001-02-08 / 2014-09-17
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   正覺坊

 いつもより少し時間は遲かつたが、晩酌前の散歩をして來ようと庭つゞきの濱の松原へ出かけて行つた。其處には松原を縱に貫いて通じてゐる靜かな小徑があり、朝夕私の散歩徑となつてゐる。一二町も歩いたところで、濱から上つてその小徑を切る小徑がある。其處で三人連の漁師の子供に出會つた。いづれも十歳ばかりの見知らぬ子供たちであるが、なかの一人が行きちがひさまに矢庭に私に向つて兩手をひろげて、
『龜があがつたよ、斯んなにでつけえ龜が……』
 と言つた。
 するとあとの二人も振返つて同じ樣に兩手を押しひろげながら、
『龜があがつたよ、でつけえ龜が……』
 村に知らせにでも行くか、息をはずませてゐる。
『さうか、それはよかつた、其處の濱だけで……』
 彼等のうなづいて飛んで行くのを見ながら私は濱徑へ折れた。
 濱はまだ明るかつた。そして網の曳きあげられた浪打際から十四五人の人が何やら大きなものを擔いでこの松原つゞきの濱の高みに登つて來るところであつた。
 なるほど大きな龜である。二本の棒で、四人の若者に擔がれたこの怪物はやがて漁師小屋の前におろされた。まさしく二抱への胴のまはりと、それに相應した背丈とを持つてゐた。淡色をした首は厚ぼつたく幾重かに皺ばんで、ずつと縮めた時は直徑一尺もあるかに見えた。
 あふ向けになつたまゝ置かれてゐるので彼は動く事は出來なかつた。そして時々その不恰好な身體に合せては小さい四肢をかたみがはりに動かして自分の腹部の甲良を打つてゐた。打つごとにがちやりがちやりと音がした。網で痛めたか、眼は兩方ともに血走り、蝋涙の樣なものが斷えず流れて、その末は白くねばりついてゐた。腹の甲良は龜甲形の斑を帶びながらいかにも滑らかで、そして赤みを帶びて黄いろく、美しかつた。
『玳瑁といふでねヱかナ』
 漁師の一人がその甲良を撫でながら言つた。
『さア、玳瑁ならたえしたもんだが、たゞの龜づら』
 なぜ此處に來たらうといふのがまた問題になつた。どうせ八丈か小笠原島から來たであらうが、卵を産みに來たでは遠すぎるし、何に浮れて出て來たか、『酒でも御馳走になりに來たづらよ』などと、半裸體の漁師たちも子供の樣になつて浮れてゐた。
 龜の首を伸ばすのを待つては子供たちはその口へ木片などを押し込んだ。かなりの大きいものも、ぽき/\と噛み折られた。中には石ころを噛ませる者もあつた。廿歳にも近からう大きな惡童は腹にとび乘り、右左に踏み動かして、誰だかに叱られた。
 見物人が追々と集つた。逃がすか逃がさないかの相談が持ち出されたのでその結果が聞きたく私も暫らくその中に立つてゐたが、そんな姿をいつまでも見てゐるのが不愉快で、聞き流して立ち去つた。そして浪打際の網の方へ行つてみた。
 みな龜に集つて、網の跡始末をしてゐるのはほんの二三の老人たちであつた。濡れた砂の上には網からあけら…

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