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樹木とその葉
じゅもくとそのは
副題05 夏を愛する言葉
05 なつをあいすることば
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「若山牧水全集 第七卷」 雄鷄社
1958(昭和33)年11月30日
入力者柴武志
校正者浅原庸子
公開 / 更新2001-05-03 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 夏と旅とがよく結び付けられて稱へらるゝ樣になつたが、私は夏の旅は嫌ひである。山の上とか高原とか湖邊海岸といふ所にずつと住み着いて暑い間を送るのならばいゝが、普通の旅行では、あの混雜する汽車と宿屋とのことをおもふと、おもふだに汗が流るゝ。
 夏は浴衣一枚で部屋に籠るが一番いゝ樣である。靜座、仰臥、とりどりにいゝ。ただ專ら靜かなるを旨とする。食が減り、體重も減る樣になると、自づと瞳が冴えて來る樣で、うれしい。
夏深しいよいよ痩せてわが好む面にしわれの近づけよかし
 十年ほど前に詠んだ歌だが、今でも私は夏は干乾びた樣に痩せることを好んで居る。それも、手足ひとつ動かさないで自然に痩せてゆく樣な痩せかたである。耳に聽かず、口に言はず、止むなくば唯だ靜かにあたりを見てゐるうちにいつ知らず痩せてゐてほしい。

 夏の眞晝の靜けさは冬の眞夜中の靜けさと似てゐる。おなじく身動きひとつ出來ない樣な靜けさを感ずることがあるが、しかも冬と違つて不氣味な靜けさではない、ものなつかしい靜けさである。明るい靜けさである。
北南あけはなたれしわが離室にひとり籠れば木草見ゆなり
青みゆく庭の木草にまなこ置きてひたに靜かにこもれよと思ふ
めぐらせる大生垣の槇の葉の伸び清らけし籠りゐて見れば
こもりゐの家の庭べに咲く花はおほかた紅し梅雨あがるころを
 しいんとした日の光を眼に耳に感じながら靜かに居るといふことは、從つて無爲を愛することになる。一心に働けば暑さを知らぬといふが、完全に無爲の境に入つて居れば、また暑さを忘るゝかも知れぬ。ところが、凡人なかなかさう行かない。
怠けゐてくるしき時は門に立ちあふぎわびしむ富士の高嶺を
なまけつつこころ苦しきわが肌の汗吹きからす夏の日の風
門口を出で入る人の足音にこころ冷えつつなまけこもれり
心憂く部屋にこもれば夏の日のひかりわびしく軒にかぎろふ
なまけをるわが耳底にしみとほり鳴く蝉は見ゆ軒ちかき松に
無理強ひに仕事いそげば門さきの田に鳴く蛙みだれたるかも
蚤のゐて脛をさしさす居ぐるしさ日の暮れぬまともの書きをれば

 殆んど夏の間だけの用として、私はほんの原稿紙を置くに足るだけの廣さの小さなテーブルを作つた。其處此處と持ち歩いて、讀書し、執筆するのである。
 部屋のまんなかに置くこともあれば、廊下の窓にぴつたりと添うて据ゑることもある。庭の木蔭にも持ち出せば、家中で風が一番よく通るので風呂場の中に持ち込むこともある。いまは丁度廊下の窓に置いてある。椅子に凭りながら、片手を延ばせばむつちりと茂つた楓の枝のさきに屆く。葉蔭に咲き滿ちてゐる可愛らしいその花が、昨日今日ほのかに紅みを帶びて來た。

 私のいま住んでゐる附近には辨慶蟹が非常に多い。赤みがかつた、小さな蟹である。庭の木にも登れば、部屋の中にも上がつて來る。ツイ二三日前、何の氣なしに縁側のスリツパを履…

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