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樹木とその葉
じゅもくとそのは
副題21 若葉の山に啼く鳥
21 わかばのやまになくとり
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「若山牧水全集 第七卷」 雄鷄社
1958(昭和33)年11月30日
入力者柴武志
校正者林幸雄
公開 / 更新2001-06-13 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今月號の或雜誌に佛法僧鳥のことが書いてあつた。棲むところはきまつてゐて夏のあひだだけ啼く鳥なのかと思つてゐたら、遠く南洋の方から渡つて來て秋になればまた海を渡つて歸つて行く鳥であるさうだ。
 私たちの結婚した年であつたから恰度今から十一年前にあたる、武藏の御嶽山に一週間ほど登つてゐた事がある。山上のある神官の家に頼んで泊めて貰つてゐた。ある夜、私は其處の厠に入つてゐた。普通の家のよりずつと廣い厠であつた。良い月の夜で、廣やかな窓から冴えた光がいつぱいに射しこんでゐた。其處へ聞きなれぬ鳥の聲が聞えて來た。何でもツイ厠に近い樹の梢からであつた。
 私の癖の永い用を足して自分の部屋に歸つたが、閉め切つた雨戸を漏れてなほその澄んだ聲が聞えて來る。ランプの灯影にぢいつと耳を傾けてゐたが、僅の定つた時をおいて續けさまに聞えて來るその鳥の聲のよさに私はたうとう立ちあがつて戸外へ出た。そしてあの樹であらうと思つてゐた何やら大きな樹の根がたに歩み寄つた。然しその時は其處とは少し離れた他の樹の梢にその聲は移つてゐた。足音を忍ばせてその樹へ近づいて行つたが、それを知つたかどうか、またその先の杉の樹に啼き移つてゐた。毎晩霧の深いに似ず、その夜はまつたくよく晴れて、見渡す峰といふ峰は青みを帶びてくつきりと冴え、眼下の谷を埋めて立ち竝んでゐる杉の一本一本の梢すらも見分けられさうな月夜であつた。其處へその鳥の聲だけがたつた一つ朗かに冴えて響いてゐるのである。鋭いといふでなく、圓みを持つた、寂びた聲で、幾分の濕りを帶びながら、石の上を越え落つる水の樣になめらかに聞えて來るのである。
 次第に昂奮した心で私は飽くことなくその聲を追うて山の傾斜の落葉の上を這ひながら立ち込んだ杉の樹の根から根を傳つて行つた。どうかその聲の落ちて來る眞下でとつくりと聽き入りたかつたからである。けれど一聲か二聲を啼き捨てゝは次の樹へ移るこの鳥にはとても追ひつくことは出來なかつた。ほどほどで諦めてぴしよ/\の朽葉を踏みながら宿の庭まで歸つて來ると、相變らず月はよく冴え、恰も其の月の夜の山や川の魂でゝもあるかの樣に私にとつては生れて初めて耳にするこの不思議な鳥は澄んで寂しく聞えてゐたのであつた。翌朝、この事を宿の人に訊くと、それは佛法僧ですと教へて呉れた。
 驚きと昂奮とが先に立つて私はその時の鳥の聲がどんな風であつたかを明瞭に覺えてゐない。それから數年後のある初夏に山城の比叡山に登り、山上にある古い寺に滯在してゐた時、これによく似た鳥を聞いた。寺の僧に訊くと彼は筒鳥だと答へた。これを聞いたのは多く晝であつた。晝といつても午前三時頃から啼き出すので、谷には雲がおり空には月の冴えたなかに聞いたこともあつたのである。その時に書いた紀行の中にこの鳥のことを斯う書いてゐる。
日が闌けて木深い溪が日の光に煙つた樣に見ゆる時何處…

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