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晩餐
ばんさん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「素木しづ作品集」 札幌・北書房
1970(昭和45)年6月15日
初出「文章倶楽部」大正6年2月号
入力者小林徹
校正者湯地光弘
公開 / 更新1999-09-05 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 いつか暗くなった戸の外に、激しい雨風の音がする、嵐だ。
 親子は、狭い部屋の壁際にぶらさがった、暗い電燈の下の卓に集まって、今夜食をしようとしてゐた。まだ本当に父も母も若かった。そして子供は漸く卓につかまって、立ってる事が出来る程の、くり/\と肥ってる女の子だった。
 男も女も、その顔にはまだ少しの皺もよってなかった。しかし男の濃い眉毛の陰のくぼんだ優しさうな瞳には、だるさうな疲れの色が見えてゐた。そして女の濃い髪のいろや、細やかな肩のあたりには、なほ打沈んだやうな深い疲れと、まどろむやうな安らかさとが見えてゐた。
 一日が終ったのであった。その日の悲しみも苦しみも、夜の安らかさに流れやうとしてゐるのだった。そして、彼等は黙って微笑しながら、その子供のすべてに瞳を注いだ。
 子供は、あぶなさうに立ちながら、肥えてまるく鞠のやうに短い両手で、すこしのすきまもなく、そしてあまりに早くテーブルの上のものを掻き廻さうとしてゐた。それで彼等は微笑みみ[#「み」余分か、それとも「見」か?]ながら、すべて茶碗や土瓶、アルミ鍋などを、テーブルの下に置いた。テーブルの上には、わづか子供の持つ小さなスプーンと小皿が一枚残されたばかりであった。
 けれども子供は、さわがしい、小さなよろこびに満ちた叫声を上げて、スプーンと皿をテーブルの上にたゝきつけた。
『きかない奴だな。』若い父親は、その小さなまるい腕や、敏捷に怜悧にすきもなく動いてる、黒みがちの睫のながい子供の瞳をぢっと見てゐると、どうしたらいゝだらうといふやうに、やがて顔一ぱいな微笑を持って、子供のまるくつき出た頬を指で一寸つまみながら、大きな茶碗をテーブルの下から探すやうにしてとると、彼女の手に渡した。
 彼女は鍋から熱い炊き立ての、白い湯気が一ぱい立ち上ってる御飯をついで彼に渡した。そして彼女の若い大きな瞳も、母親らしい嬉しさにみちて子供の瞬間もぢっとしてない、小鳥のやうに愛らしい様子を見つめた。そして、たまらなささうに、この子はどうしたといふんだらう、とふと口の中に独言を云ひながら、どうにも仕方がない程可愛いといふやうな様子で、『坊や、』と強く云ったけれども、笑が顔からあふれて了って、彼女は助をかりるやうに男の顔を見た。そして三人は、すべての事を忘れてしまった様に、子供の為めに互にどうしようかといふ様に笑ひ合った。そして子供の為めに、彼等は暖かい賑かさと、其上に自然に溢れる笑ひと嬉しさを持って食事にとりかゝったのであった。また彼等は、ごた/\した騒がしさの為に、雨風の音を耳にしない。
 若い父親は、彼の赤く大きな片手を忙しくテーブルの上に拡げてゐた。そしてその眼は子供によって仕方がなく湧き出た笑を堪へながら、子供をさゝへて、その小さな赤い口に僅の食物を入れてやった。そのすきに彼は、あわたゞしく大きな口を開けた、彼は彼…

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