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征服の事実
せいふくのじじつ
作品ID2311
著者大杉 栄
文字遣い新字新仮名
底本 「全集・現代文学の発見・第一巻 最初の衝撃」 學藝書林
1968(昭和43)年9月10日
初出「近代思想 6月号」1913(大正2)年6月
入力者山根鋭二
校正者浜野智
公開 / 更新1998-08-17 / 2017-01-27
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 樗牛全集の中に、ブランデスの何かの本から抜いた、次の文がある。
「少なくともヨーロッパの四大国民の名は、いずれもみな外国の名である。フランスの名称は、ライン河の西岸に棲んでいたフランク人から来たもので、この国民の祖先たる古のケルト人とは、何の因縁もないのである。イギリスの名は、もとドイツの一地方から来たもので、アングロサクソン民族とは、何の血族上の連絡もないのである。ロシアの名は、もと北方の起原で、スカンジナビアの一民族たる、ロゼルの転訛したものである。プロシャはプロイセンというスラブの一蛮族の名で、十二世紀の終り頃に、ドイツにはいったのである。」
 この事実は、僕が今ここに述べようとすることと、あるいは関係のあるものもあり、あるいはさほどに関係のないのもあるかも知れぬ。けれども、これを読んだ時の僕自身に取っては、これが深い社会事実を思わせる、力強い暗示であったのである。
 征服だ! 僕はこう叫んだ。社会は、少なくとも今日の人の言う社会は、征服に始まったのである。
 カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスとは、その共著『共産党宣言』の初めに言っている。「由来一切社会の歴史は階級闘争の歴史である」と。けれどもこの階級闘争の以前に、またそれと同時に、種族の闘争があった。そしてそこに、この征服という事実が現れた。

 人類がまだ動物の域にいた頃、その住家は、恐らくは熱帯地の何処かであったろうと思われる。そして多くの事実は、人類の始現を見た地方として、南方アジアを指している。
 ここに初期の人類は、自然の富饒の間に暖かい空気の下に、動物のような生活を送りながらも、なお多少環境を変更し、または他の肉食獣を避けもしくは欺くに足る知識もあり、非常な速度で繁殖することができた。そして血族関係から生じた各集団の人口が多くなって、互いに接触し衝突するようになれば、その集団は思うままに四方八方に移住した。かくして長い間、原始人類の間に、安楽と平和とが続いた。この時代が、昔からよく言う、いわゆる黄金時代であったのである。
 そのある集団は、いよいよ遠く、あるいは島嶼にまで移り住んで、他の集団と接触することもなく、したがって何の煩わされることもなく、その単純な半獣的存在を続けた。今日なお世界の各地に残っている原始人種はすなわちこれである。けれどもさほどに遠くまで中心地を離れなかった集団同士の間に、やがてその人口の迅速な増加とともに、相互の接触と衝突とが生じて来た。そしてそこに、従来の平安な、半獣的自由の生活が失われて、いわゆる文明が生れかけて来た。歴史が始まりかけて来た。

 その間にこれらの各集団は、その共通起原の伝習も痕跡も失って、各々違った言語や風習や宗教を持つようになり、まったく異なった種族を形づくってしまった。そして各種族は互いに接蝕するごとに、衝突となり戦争となって…

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