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簔虫と蜘蛛
みのむしとくも
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦随筆集 第一巻」 岩波文庫、岩波書店
1947(昭和22)年2月5日、1963(昭和38)年10月16日第28刷改版
初出「電気と文芸」1921(大正10)年5月
入力者田辺浩昭
校正者かとうかおり
公開 / 更新1999-11-24 / 2014-09-17
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 二階の縁側のガラス戸のすぐ前に大きな楓が空いっぱいに枝を広げている。その枝にたくさんな簔虫がぶら下がっている。
 去年の夏じゅうはこの虫が盛んに活動していた。いつも午ごろになるとはい出して、小枝の先の青葉をたぐり寄せては食っていた。からだのわりに旺盛な彼らの食欲は、多数の小枝を坊主にしてしまうまでは満足されなかった。紅葉が美しくなるころには、もう活動はしなかったようである。とにかく私は日々に変わって行く葉の色彩に注意を奪われて、しばらく簔虫の存在などは忘れていた。
 しかし紅葉が干からび縮れてやがて散ってしまうと、裸になったこずえにぶら下がっている多数の簔虫が急に目立って来た。大きいのや小さいのや、長い小枝を杖のようにさげたのや、枯れ葉を一枚肩にはおったのや、いろいろさまざまの格好をしたのが、明るい空に対して黒く浮き出して見えた。それがその日その日の風に吹かれてゆらいでいた。
 かよわい糸でつるされているように見えるが、いかなる木枯らしにも決して吹き落とされないほど、しっかり取りついているのであった。縁側から箒の先などではね落とそうとしたが、そんな事ではなかなか落ちそうもなかった。
 自分は冬じゅうこの死んでいるか生きているかもわからない虫の外殻の鈴成りになっているのをながめて暮らして来た。そして自分自身の生活がなんだかこの虫のによく似ているような気のする時もあった。
 春がやって来た。今まで灰色や土色をしていたあらゆる落葉樹のこずえにはいつとなしにぽうっと赤みがさして来た。鼻のさきの例の楓の小枝の先端も一つ一つふくらみを帯びて来て、それがちょうどガーネットのような光沢をして輝き始めた。私はそれがやがて若葉になる時の事を考えているうちに、それまでにこの簔虫を駆除しておく必要を感じて来た。
 たぶんだめだろうとは思ったが、試みに物干し竿の長いのを持って来て、たたき落とし、はね落とそうとした。しかしやっぱり無効であった。はねるたびにあの紡錘形の袋はプロペラーのように空中に輪をかいて回転するだけであった。悪くすると小枝を折り若芽を傷つけるばかりである。今度は小さな鋏を出して来て竿の先に縛りつけた。それは数年前に流行した十幾とおりの使い方のあるという西洋鋏である。自分は今その十幾種のほかのもう一つの使い方をしようというのであった。鋏の発明者も、よもやこれが簔虫を取るために使われようとは思わなかったろう。鋏の先を半ば開いた形で、竿の先に縛りつけた。円滑な竹の肌と、ニッケルめっきの鋏の柄とを縛り合わせるのはあまり容易ではなかった。
 ぶらぶらする竿の先を、ねらいを定めて虫のほうへ持って行った。そして開いた鋏の刃の間に虫の袋の口に近い所を食い込ませておいてそっと下から突き上げると案外にうまくちぎれるのであった。それでもかなりに強い抵抗のために細長い竿は弓状に曲がる事もあ…

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