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解かれた象
とかれたぞう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦随筆集 第二巻」 岩波文庫、岩波書店
1947(昭和22)年9月10日、1964(昭和39)年1月16日第22刷改版
初出「女性改造」1924(大正13)年1月
入力者田辺浩昭
校正者かとうかおり
公開 / 更新1999-11-24 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 上野の動物園の象が花屋敷へ引っ越して行って、そこで既往何十年とかの間縛られていた足の鎖を解いてもらって、久しぶりでのそのそと檻の内を散歩している、という事である。話を聞くだけでもなんだかいい気持ちである。肩の凝りが解けたような気がする。
 事実はよくわからないが、伝うるところによるとこの象は若い時分に一度かんしゃくを起こして乱暴をはたらいた事があるらしい。それがどういう動機でまたどういう種類の行為であったかを確かめる事ができないのであるが、ともかくも、普通の温順なるべき象としてあるまじき、常規を逸した不良な過激な行為であった事だけは疑いもない事であるらしい。そういう行為をあえてするという事は、すなわち彼が発狂している事の確かな証拠であるとこういう至極もっともらしい理由から、彼は狂気しているという事にきわめをつけられた。その結果として、それ以来はその前後の足を、たしか一本ずつ重い冷たい鉄の鎖で縛られたままで、不自由な何十年かを送って来たのである。
 鎖は足に食い込んであの浅草紙で貼っただんぶくろのような足の皮は、そのために気味悪く引きつって醜いしわができていた。当人は存外慣れてしまったかもしれないが、はたで見る目には妙にいたいたしい思いをさせた。いったい夜寝る時には、あの足をどういうふうにして寝るのだろうという事が私にはいつでも起こる疑問であった。事によるとああやって立ったままで眠るのではないかとも考えられるのであった。
 檻の前に集まる見物人の中には、この象の精神の異状を聞き知っているものも少なくなかった。「オイオイ、なるほど変な目つきをしてやあがるぜ」などと話し合っているのを聞いた事もあったが、そう言われればなるほど私にも多少そう思われない事もなかったが、その目つきがはたして正常な正気の象の目つきとどれだけ違うかを確かめる事は私にはできなかった。
 果てもない広い森林と原野の間に自在に横行していたものが、ちょっとした身動きすら自由でない窮屈なこういう境遇に置かれて、そして、いくら気の長い、寿命の長い象にしても、十年以上もこうして縛られているのでは、そうそういい目つきばかりもしていられないではないかという気もした。そしていったいなんのために縛られているのか象にはそれがわからない、たとえそれがわかっても、それを言い解くべき言葉を持たないのである。あまりきげんのよい顔もできない道理である。
 動物園で長い間気違いとして取り扱われて来た象が、今度花屋敷へ嫁入りする事になった。そして花屋敷の人間が来て相手になってみると、どうもいっこう気違いらしくなくて普通の常識的な象であるという事になったそうである。これは新聞で見た事であるから事実はどうだかわからない。しかしそういう事は事実有りうべき事だろうと思われる。もし事実だとすると、これはどう解釈さるべきものだろう。実際昔…

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