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文壇の趨勢
ぶんだんのすうせい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夏目漱石全集10」 ちくま文庫、筑摩書房
1988(昭和63)年7月26日
入力者柴田卓治
校正者大野晋
公開 / 更新1999-06-14 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 近頃は大分方々の雑誌から談話をしろしろと責められて、頭ががらん胴になったから、当分品切れの看板でも懸けたいくらいに思っています。現に今日も一軒断わりました。向後日本の文壇はどう変化するかなどという大問題はなかなか分りにくい。いわんや二三日前まで『文学評論』の訂正をしていて、頭が痺れたように疲れているから、早速に分別も浮びません。それに似寄った事をせんだってごく簡略に『秀才文壇』の人に話してしまった。あいにくこの方面も種切れです。が、まあせっかくだから――いつおいでになっても、私の談話が御役に立った試がないようだから――つまらん事でも責任逃れに話しましょう。
 私が小説を書き出したのは、何年前からか確と覚えてもいないが、けっして古くはない。見方によればごく近頃であると云ってもよろしい。しかるに我が文壇の潮流は非常に急なもので、私よりあとから、小説家として、世にあらわれ、また一般から作家として認められたものが大分ある。今も続々出つつあるように思われる。私は多忙な身だから、ほかの人の作を一々通読する暇がない。たてこんで来ると、つい読み損って、それぎりにする事もあるが、できるだけは参考のため、研究のため、あるいは興味のため、目を通して見る。ところが年一年と日を経るに従って、みんな面白い。だんだん老熟の手腕が短篇のうちに行き渡って来たように思われる。妙な比較をするようだけれども近来日本の雑誌に出る創作物の価値は、英国の通俗雑誌に掲載せられる短篇ものよりも、ずっと程度の高いものと自分は信じている。だから日本の文壇は前途多望、大いに楽観すべき現象に充ちていると思います。
 そこで今云った通り新参の私のあとから、すでに四五人の新進作家が出るくらいだから、そのあとからもまた出て来るに違ない。現に出つつあるんでしょう。また未来に出ようとして待ち構えている人も定めて多い事だろうと思います。して見るとこれらの四五の新進作家――必ずしもこれらの人に限る必要はないが――はまた新らしい競争者を得らるる事と信ずる。
 この競争者の出かたである。出かたに二た通りある。一つは自分の縄張うちへ這入って来て、似寄った武器と、同種の兵法剣術で競争をやる。元来競争となるとたいていの場合は同種同類に限るようです。同種同類でないと、本当の比較ができないからでもあるし、ひとつ、あいつを乗り越してやろうと云う時は、裏道があってもかえって気がつかないで、やっぱり当の敵の向うに見える本街道をあとを慕って走け出すのが心理的に普通な状態であります。すると同圏内で競争が起ります。この競争の刺激によって、作物がだんだん深さを増して来る。種類が同じだから深さ以外に競争のしようがないのであります。
 今一つの競争は圏外に新手が出る事であります。これから新たに文壇に顔を出そうと機を覗っている人、もしくはすでに打って出た人のう…

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