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趣味としての読書
しゅみとしてのどくしょ
作品ID2398
著者平田 禿木
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻6 書斎」 作品社
1991(平成3)年8月25日
入力者ふろっぎぃ
校正者浅原庸子
公開 / 更新2001-07-02 / 2016-01-19
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 最近某大学の卒業論文口頭試問の席へ立会つて、英文学専攻の卒業生がそれぞれ皆立派な研究を発表してゐるのに感服した。主なる試問者は勿論その論文を精査した二三の教授諸氏であつたが、自分も傍から折々遊軍的に質問を出して見た。
「理窟は抜きにして、ディツケンスの何んなとこを面白く感じましたか、コンラツドの何んなとこに興味を覚えましたか」と訊くと、
「一向に面白くありません、少しも興味を感じません、論文を書く為めに、唯一生懸命に勉強しただけです」と云ふ。
「では、三年間に、別に何か読みましたか」と訊くと、別に何も読んでゐないといふ、如何にも頼りない返事である。これは一つには学生諸氏の英語の読書力の薄いのに依るのであらうけれど、一つにはまた、今日の若い人達の間に如何に趣味として読書が閑却されてゐるかを示すものである。
 今日ほど読書に不利な時代はない。自動車は走り、飛行機は飛び、映画、トオキイは全盛、音楽でもヂヤズや音頭の騒々しいもののみが幅を利かしてゐるので、人々は一刻も静かに落ち著いてゐる暇がない。若い人達が手軽にその閑を消される喫茶店なるものの流行もまた、少からずこの読書の妨げをなしてゐる。この頃本の売れないのは、全くこの喫茶店の跋扈に由来するのである。今まで若い人達が書物に費してゐた小遣銭の大半は、この喫茶店なる安価で、便利な、時にはいかがはしい青年社交倶楽部に奪ひ去られて仕舞つてゐるのである。出版家連がもつと本を売らうといふなら、彼等は宜しく同盟して、この青年倶楽部撲滅を計るべきだと思ふ。

 自分はこの新春から故グレエ子爵の『二十五年回想記』と『フアロドン雑講』を読んでゐるが、この大戦中の英名外相がその政治的活躍の背景として様々な楽しみ乃至趣味を有つてゐたのに驚く。第一に彼は釣魚、殊に蚊鉤釣りの名人である。蚊鉤釣りといへば主として河鮭と河鱒を釣るのであるが、英吉利に於けるその季節は毎年九月に終る。三月と四月が最も良く、一月頃からはもう夢の中にもその遊びを心に描いて、それを楽しんでゐた。鮭釣りとなると、船などを仕立てず、岡釣りをするか、脛を没して流を渉つてやるのが実に愉快である。が、これを人に勧めるのは、メレディスの小説を勧めるやうなもので、読めない、やれないと云はれればそれまでで、無理には強ひられないことだと云つてゐる。次に子爵は鳥にも興味を有つてゐて、フアロドンの自邸には大きな鴨場を設けて、英吉利は勿論、各国各種の鴨を飼育してゐた。西英ニユウ・フオレストの大森林地のほとりに小さなコツテエジを建てて、外相の劇職にあつた際も、週末の休みには必ず出かけて、太古の処女林そのままのあの深い森へ分け入つて、季節々々の鳴禽、幽禽の歌を聴くことを忘れなかつた。して、この野鳥の音を聴き分けることにかけては、その道の専門家も遠く及ばない程であつたのだ。最後に、彼にはまた別に読…

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