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お父さん
おとうさん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「林芙美子全集 第十五巻」 文泉堂出版
1977(昭和52)年4月20日
入力者林幸雄
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2005-08-20 / 2014-09-18
長さの目安約 78 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     1

 僕はおとうさんが好きです。
 おとうさんは、まるい顔をしています。このあいだ軍隊からかえってきました。僕は三年もおとうさんと会わなかったのです。おとうさんは、僕が寝ているうちにかえってきました。お土産に熊の仔を貰いました。熊の仔は、黒い木で刻んだものです。おとうさんは北海道に行つていたのです。
 いつも僕は六時に起きて、妹や弟とおかあさんのお手伝いをするのですけれど、その朝は五時に起きました。だって、おかあさんが大きい声で、
「健ちゃん、おとうさんがかえっていらっしたからお起きなさいよ」
 と、おっしゃいました。
 僕はびっくりして飛び起きました。ほんとうにおとうさんはかえっていました。おとうさんは僕たちの寝床のそばに坐っていました。寝巻を着ていらっしたので、僕ははじめ、おやと思いました。おとうさんはいつも兵隊さんのはずだったがな、と思ったからです。
「やア、健坊、大きくなったなア」
 おとうさんはそういってにこにこ笑っています。僕は飛び起きて「わあ」といいました。胸がどきどきしました。おとうさんがほんとうにかえってきたのだと思うと、うれしくてうれしくて仕方がありません。僕は、すぐとなりに寝ている静子と、宏ちゃんを起しました。
 もう戦争がすんだから、おとうさんは兵隊に行かなくてもいいのです。
「ほんとうに戦争はすんだの」
 と、僕がききますと、おとうさんは、
「ああほんとにすんだんだよ。先生は何とおっしゃったかい」
 と、ききます。
「日本は戦争に敗けたんだって‥‥」
「そうだよ、だから、もう、おとうさんも戦争しないでいいのさ」
「戦争っていやですね」
「うん」
 おとうさんは宏ちやんを抱きあげて、あごで宏ちやんの頭をぐりぐりやっています。
 お蒲団をたたんでいらっしたおかあさんが、
「戦争ってきらいね」
 と、おっしゃいました。僕のおかあさんは、いつも戦争ってきらいだ。きらいだとおっしゃって[#「おっしゃって」は底本では「おっしゃて」]いました。だから、あんまりそんな事をひとにいうとしかられますよ、というと、おかあさんは、じっと僕を見て、涙ぐんでいうのです。
「健ちゃんは、いい子になって下さいね。人にも自分にもうそをいわない、正直な、いい人になって下さいね。――健ちゃんは戦争が好きなの?」っておっしゃいます。
 僕は、戦争のことってよく知らないのだけれど、何処へ行っても米英を敵だ、というので、僕はわるい国はいやだと思っていました。第一、毎日B29が、たくさんのお家を焼きにくるので、こわい国だと思つていました。
 戦争がすむと、急にのんびりして、夜もお寝巻で朝までぐっすり寝られるし、宏ちゃんもおびえて泣かなくなりました。
「健ちゃんが大きくなったら、戦争なんかしないで下さいね。戦争があると、みんながくるしむのよ。くるしんだ上に、たくさんの…

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