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鴫つき
しぎつき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第一巻」 岩波書店
1996(平成8)年12月5日
初出
入力者Nana ohbe
校正者松永正敏
公開 / 更新2004-04-12 / 2016-02-25
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 別役の姉上が来て西の上り端で話していたら要太郎が台所の方から自分を呼んで裏へ鴫を取りに行かぬかと云う。自分はまだ一度も行った事がないが病後の事であるからと思うて座敷で書見をしている父上に行ってもよう御座いましょかと聞くと行くはよいが傘をさして行けとの事であったから、帽をかぶってわるい方の蝙蝠傘を持って裏門へまで行くと、要太郎はもう網をこしらえて待っていた。「別役の精様がこないだから連れて行てくれい云いよりましたがのうし。」「そうかそれでは呼んで来い」とて下女をやった。間もなく来たから連れ立って裏門を出た。バッタが驚いて足下から飛び出した。「いくら汚れてもよいように衣物を着換えて来たね。」精は無言でニコニコしている。足には尻の切れた草履をはいている。小川を渡って三軒家の方へ出る。あちこちに稲を刈っている。畔に刈穂を積み上げて扱いている女の赤い帯もあちらこちらに見える。蜻[#挿絵]が足元からついと立って向うの小石の上へとまって目玉をぐるぐるとまわしてまた先の小石へ飛ぶ。小溝に泥鰌が沈んで水が濁った。新屋敷の裏手へ廻る。自分と精とは一町ばかり後をついて行く。北の山へ雲の峰が出て新築の学校の屋根がきらきらしているが風は涼しい。要太郎が手を上げたから余等は立止って道にしゃがんだ。久万川の土手に沿うた一丸の二番稲があってその中に鴫が居ると見える。網を斜めに下向けてしきりにねらっている。自分等も息を殺して見ているとたちまち頭の上でばさ/\と音がする。蜻[#挿絵]が傘にとまっていたのが外のとんぼと喰い合って小溝へ落ちそうにしてぷいと別れた。溝からの太陽の反射で顔がほてるような。要太郎はやはりねらいながら田を廻っている。どうも鴫は居ぬらしい。後の方でダーダーと云う者があるからふりかえると、五、六間後の畔道の分れた処の石橋の上に馬が立っている。その後についているのは十五、六の色の黒い白手拭を冠った女の子であった。馬はどっちへ行こうかと云う風で立止っていると、女の子は馬の腹をくぐって前へまわってまたダーダーと云いながら新屋敷の方へ引いて行った。鴫はやっぱり見えぬらしい。要太郎も少しだれ気味で網を高く上げて振るとバタ/\と一羽飛び出して堤を越して見えなくなった。要太郎の指をさす通りにグサ/\と下駄の踏み込む畔を伝って土手へ上ると、精の足元からまた一羽飛び出して高く舞い上がった。二、三度大廻りをして東の方へ下りた。「何処へ下りましたぞのうし。」「アソコに木が二本あるネー。あの西の方に桑があるだろう。あの下あたりのようだ。」要太郎は黙って堤を下りて行った。堤には一面すすき野萩茨がしげって衣物にひっかかる。どう勘違いしたのか要太郎はとんでもない方へ進んでいる。声を掛けようかと思ったが鳥を驚かしてはならぬと思うて控えていると果然鴫は立った。要太郎は舌打ちをしたと云う風であったが此方を見て…

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