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案内者
あんないしゃ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦随筆集 第一巻」 岩波文庫、岩波書店
1947(昭和22)年2月5日、1963(昭和38)年10月16日第28刷改版
初出「改造」1922(大正11)年1月
入力者(株)モモ
校正者かとうかおり
公開 / 更新2003-06-04 / 2014-09-17
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 どこかへ旅行がしてみたくなる。しかし別にどこというきまったあてがない。そういう時に旅行案内記の類をあけて見ると、あるいは海浜、あるいは山間の湖水、あるいは温泉といったように、行くべき所がさまざま有りすぎるほどある。そこでまずかりに温泉なら温泉ときめて、温泉の部を少し詳しく見て行くと、各温泉の水質や効能、周囲の形勝名所旧跡などのだいたいがざっとわかる。しかしもう少し詳しく具体的の事が知りたくなって、今度は温泉専門の案内書を捜し出して読んでみる。そうするとまずぼんやりとおおよその見当がついて来るが、いくら詳細な案内記を丁寧に読んでみたところで、結局ほんとうのところは自分で行って見なければわかるはずはない。もしもそれがわかるようならば、うちで書物だけ読んでいればわざわざ出かける必要はないと言ってもいい。次には念のためにいろいろの人の話を聞いてみても、人によってかなり言う事がちがっていて、だれのオーソリティを信じていいかわからなくなってしまう。それでさんざんに調べた最後には、つまりいいかげんに、賽でも投げると同じような偶然な機縁によって目的の地をどうにかきめるほかはない。
 こういうやり方は言わばアカデミックなオーソドックスなやり方であると言われる。これは多くの人々にとって最も安全な方法であって、こうすればめったに大きな失望やとんでもない違算を生ずる心配が少ない。そうして主要な名所旧跡をうっかり見落とす気づかいもない。
 しかしこれとちがったやり方もないではない。たとえば旅行がしたくなると同時に最初から賽をふって行く所をきめてしまう。あるいは偶然に読んだ詩編か小説かの中である感興に打たれたような場所に決めてしまう。そうして案内記などにはてんでかまわないで飛び出して行く。そうして自分の足と目で自由に気に向くままに歩き回り見て回る。この方法はとかくいろいろな失策や困難をひき起こしやすい。またいわゆる名所旧跡などのすぐ前を通りながら知らずに見のがしてしまったりするのは有りがちな事である。これは危険の多いヘテロドックスのやり方である。これはうっかり一般の人にすすめる事のできかねるやり方である。
 しかし前の安全な方法にも短所はある。読んだ案内書や聞いた人の話が、いつまでも頭の中に巣をくっていて、それが自分の目を隠し耳をおおう。それがためにせっかくわざわざ出かけて来た自分自身は言わば行李の中にでも押しこめられたような形になり、結局案内記や話した人が湯にはいったり見物したり享楽したりすると同じような事になる、こういうふうになりたがる恐れがある。もちろんこれは案内書や教えた人の罪ではない。
 しかしそれでも結構であるという人がずいぶんある。そういう人はもちろんそれでよい。
 しかしそれでは、わざわざ出て来たかいがないと考える人もある。曲がりなりにでも自分の目で見て自分の足で踏ん…

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