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樋口一葉
ひぐちいちよう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新編 近代美人伝 (上)」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年11月18日
初出「婦人画報」1918(大正7)年6~8、10月
入力者小林繁雄
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-02-06 / 2014-09-18
長さの目安約 43 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

 秋にさそわれて散る木の葉は、いつとてかぎりないほど多い。ことに霜月は秋の末、落葉も深かろう道理である。私がここに書こうとする小伝の主一葉女史も、病葉が、霜の傷みに得堪ぬように散った、世に惜まれる女である。明治二十九年十一月二十三日午前に、この一代の天才は二十五歳のほんに短い、人世の半にようやく達したばかりで逝ってしまった。けれど布は幾百丈あろうともただの布であろう。蜀江の錦は一寸でも貴く得難い。命の短い一葉女史の生活の頁には、それこそ私たちがこれからさき幾十年を生伸びようとも、とてもその片鱗にも触れることの出来ないものがある。一葉女史の味わった人世の苦味、諦めと、負じ魂との試練を経た哲学――
 信実のところ私は、一葉女史を畏敬し、推服してもいたが、私の性質として何となく親しみがたく思っていた。虚偽のない、全くの私の思っていたことで、もし傍近くにいたならば、チクチクと魂にこたえるような辛辣なことを言われるに違いないというようにも思ったりした。それはいうまでもなくそんな事を考えたのは、一葉女史の在世中の私ではない、その折はあまり私の心が子供すぎて、ただ豪いと思っていたに過ぎなかった。明治四十五年に、故人の日記が公表にされてからである。私は今更、夢の多かった生活、いつも居眠りをしていたような自分を恥じもするが――幾度かその日記を繙きかけては止めてしまった。愛読しなかったというよりは、実は通読することすら厭なのであった。それは私の、衰弱しきった神経が厭ったのであったが、あの日記には美と夢とがあまりすくなくて、あんまり息苦しいほどの、切羽詰った生活が露骨に示されているのを、私は何となく、胸倉をとられ、締めつけられるような切なさに堪えられぬといった気持ちがして、そのため読む気になれなかった。
 しかし、今はどうかというに、私も年齢を加えている。そして、様々のことから、心の目を、少しずつ開かれ風流や趣味に逃げて、そこから判断したことの錯誤をさとるようになった。この折こそと思って、私は長くそのままにしておいた一葉女史の日記を読むことにした。すこしでも親しみを持ちたいと思いながら――
 で、お前はどう思ったか?
と誰かにたずねてもらいたいと思う。何故ならば、私はせまい見解を持ったおりに、よくこの日記を読まないでおいたと思ったことだった。拗くれた先入観があっては、私はこの故人を、こう彷彿と思い浮べることは出来なかったであろう。よくこそ時機のくるのを待っていたと思いながら、日記のなかの、ある行にゆくと、瞼を引き擦るのであった。それで私に、そのあとでの、故人の感じはと問えば、私はこう答えたい気がする。
 蕗の匂いと、あの苦味
 お世辞気のちっともない答えだ。四月のはじめに出る青い蕗のあまり太くない、土から摘立てのを歯にあてると、いいようのない爽やかな薫りと、ほ…

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