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鎖骨
さこつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦随筆集 第四巻」 岩波文庫、岩波書店
1948(昭和23)年5月15日、1963(昭和38)年5月16日第20刷改版
初出「工業大学蔵前新聞」1933(昭和8)年1月
入力者(株)モモ
校正者かとうかおり
公開 / 更新2003-08-28 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 子供が階段から落ちてけがをした。右の眉骨を打ったと見えて眼瞼がまんじゅうのようにふくれ上がった。それだけかと思っていたが吐きけのあるのが気になった。医者が来て見ると、どうも右肩の鎖骨が折れているらしいというので驚いて整形外科のT博士に診てもらうとやはり鎖骨がみごとに折れている。しかしそのほうはたいした事ではない。それよりも右耳の後上部の頭蓋骨をひどく打ったらしい形跡があって、そのほうがはなはだ大事だというので、はじめはたいした事でもないと思った事がらがだんだんに重大になって来た。T氏の話によると、頭を打ってから数時間の間当人はいっこう平気で、いつものように仕事をしていて、そうして突然意識を失って倒れることがよくあるそうである。
 それは脳に徐々の出血があって、それがだんだんに蓄積して内圧を増す、それにつれて脈搏がはじめはだんだん昂進して百二十ほどに上がるが、それでも当人には自覚症状はない。それから脈搏がだんだん減少して行き、それが六十ぐらいに達したころに急に卒倒して人事不省に陥るそうである。それだから、頭を打ったと思ったらたとえ気分に変わりがないと思っても、絶対安静にして、そうして脈搏を数えなければならないそうである。そうして危険になったら脊柱に針を刺して水を取ったりいろいろのことをしなければならないそうである。
 自分も小学生時代に学校の玄関のたたきの上で相撲をとって床の上に仰向けに倒され、後頭部をひどく打ったことがある。それから急いで池の岸へ駆けて行って、頭へじゃぶじゃぶ水をかけたまでは覚えていたが、それからあとしばらくの間の記憶が全然空白になってしまった。そうして、今度再び自覚を回復したときは、学校の授業を受けおおせて、いつものように書物のふろしき包みと弁当をちゃんとさげて、通りなれた川ばた道を半ばぐらいまで歩いて来たときであった。そうして、いつものとおり、近所の友だちと話をしながら帰って来ていたのであったらしい。それにかかわらずその間数十分、あるいは一二時間の間の記憶が実にきれいに消えてしまっていたのである。それから宅へ帰っても、しかられるのがこわいから、この事は両親にもだれにも話さないでいた。考えてみると実に危険なことであった。
 こういう場合に対する上記のT博士のいったような注意は、万人が万人日常よくよく心得ていなければならないはずであるのに、今度という今度までついぞ一度も聞いた記憶も読んだ覚えもない。学校でも教わったかもしれないが、教わらなかったような気がするし、また新聞雑誌などではとかく役にも立たない事や悪い事ばかり教わっても、この大切な事だけはどうも教わらなかったような気がする。教育が悪かったのか、自分の心がけが悪かったのか、両方が悪かったかである。こんなだいじなことは学校でも新聞でも三日に一ぺんずつ繰り返して教えていいかと思う。
 天佑…

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