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水汲み
みずくみ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆33 水」 作品社
1985(昭和60)年7月25日
入力者とみ~ばあ
校正者門田裕志
公開 / 更新2001-09-12 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 玉川に遠いのが第一の失望であつた。井の水が悪いのが差当つての苦痛であつた。
 井は勝手口から唯六歩、ぼろ/\に腐つた麦藁屋根が通路と井を覆ふて居る。上窄りになつた桶の井筒、鉄の車は少し欠けてよく綱がはずれ、釣瓶は一方しか無いので、釣瓶縄の一端を屋根の柱に結はへてある。汲み上げた水が恐ろしく泥臭いのも尤、錨を下ろして見たら、渇水の折からでもあらうが、水深が一尺とはなかつた。
 移転の翌日、信者仲間の人達が来て井浚へをやつてくれた。鍋蓋、古手拭、茶碗のかけ、色々の物が揚がつて来て、底は清潔になり、水量も多少は増したが、依然たる赤土水の濁り水で、如何に無頓着の彼でもがぶ/\飲む気になれなかつた。近隣の水を当座は貰つて使つたが、何れも似寄つた赤土水である。墓向ふの家の水を貰ひに往つた女中が、井を覗いたら芥だらけ虫だらけでございます、と顔を蹙めて帰つて来た。其向ふ隣の家に往つたら、其処の息子が、此家の水はそれは好い水で、演習行軍に来る兵隊なぞもほめて飲む、と得意になつて吹聴したが、其れは赤子の時から飲み馴れたせいで、大した水でもなかつた。
 使ひ水は兎に角、飲料水だけは他に求めねばならぬ。
 家から五丁程西に当つて、品川堀と云ふ小さな流水がある。玉川上水の分流で、品川方面の灌漑専用の水だが、附近の村人は朝々顔も洗へば、襁褓の洗濯もする、肥桶も洗ふ。何アに玉川の水だ、朝早くさへ汲めば汚ない事があるものかと、男役に彼は水汲む役を引受けた。起きぬけに、手桶と大きなバケツトを両手に提げて、霜を踏んで流れに行く。顔を洗ふ。腰膚ぬいで冷水摩擦をやる。日露戦争の余炎がまださめぬ頃で、面籠手かついで朝稽古から帰つて来る村の若者が「冷たいでしやう」と挨拶することもあつた。摩擦を終つて、膚を入れ、手桶とバケツトをずンぶり流れに浸して満々と水を汲み上げると、ぐいと両手に提げて、最初一丁が程は一気に小走りに急いで行く。耐へかねて下ろす。腰而下の着物はずぶ濡れになつて、水は七分に減つて居る。其れから半丁に一休、また半丁に一憩、家を目がけて幾休みして、やつと勝手に持ち込む頃は、水は六分にも五分にも減つて居る。両腕はまさに脱ける様だ。斯くして持ち込まれた水は、細君女中によつて金漿玉露と惜み/\使はれる。
 余り腕が痛いので、東京に出たついでに、渋谷の道玄坂で天秤棒を買つて帰つた。丁度股引尻からげ天秤棒を肩にした姿を山路愛山君に見られ、理想を実行すると笑止な顔で笑はれた。買つて戻つた天秤棒で、早速翌朝から手桶とバケツトを振り分けに担うて、汐汲みならぬ髯男の水汲みと出かけた。両手に提げるより幾何か優だが、使ひ馴れぬ肩と腰が思ふ様に言ふ事を聴いてくれぬ。天秤棒に肩を入れ、曳やつと立てば、腰がフラ/\する。膝はぎくりと折れさうに体は顛倒りさうになる。[#挿絵]と足を踏みしめると、天秤棒が遠慮会釈もなく肩…

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