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花枕
はなまくら
作品ID2535
著者正岡 子規
文字遣い旧字旧仮名
底本 「花枕 他二篇」 岩波文庫、岩波書店
1940(昭和15)年2月3日
初出「新小説」1897(明治30)年4月
入力者土屋隆
校正者米田
公開 / 更新2011-02-11 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 神の工が削りなしけん千仞の絶壁、上平に草生ひ茂りて、三方は奇しき木の林に包まれ、東に向ひて開く一方、遙の下に群れたる人家、屈曲したる川の流を見るべし。此處に飛び來れるは、さゝやかに美しき神の子二人、何處よりか採りて來し種々の花を植ゑ試みつゝ、白き羽の一人は黄なる羽の一人に向ひ、
「匂よ。菫、苧環、櫻草、丁字草、五形、華鬘草の類は皆此方に栽ゑて枕元を飾るべし。
「それこそ善からめ。吾は此方に蒲公英、母子草、金鳳花、金仙花、福壽草など栽ゑんは色彩如何に。見よ、光よ。色彩美からずや。
「あらまし出來上りぬ。吾は猶五形を殖やすべし、五形の枕は最も柔軟に頭ざはり善しと君ののたまひしかば。汝も金仙花を減して蒲公英を増しては如何に。
「さても美し。此處は芝の儘にてあるべし。嫁菜、薺、蓬など少しは善からん。
「それよ、思ひ出でたり。茅針は肌ざはり惡しとのたまひけるぞ。そこらに一本にてもあらば拔き取れよ。匂よ。汝は最早植ゑ終りたるか。
「光よ。これ見ずや、吾谷の底よりやう/\に探り出でたる蘭の二本三本、此薫の得ならぬは何處にか植ゑてまし。枕邊少し離れて東風吹き入るゝ處ぞ善かるべき。
「それ濟みたらば、山吹を裾の方に栽ゑんと思ふに、汝も手を貸せよ、一人の力に及ばねば。
 山吹の花一むら植ゑ終りて、二人の神の子は右より見つ左より見つ、自ら寐ころびても見つ、飛び上りて上よりも見つ、手を拍つて喜びぬ。
「匂よ。わが君のいでまし處またなく美しく出來たるよ。これならば、よも五濁の人間界とは見えじ。
「光よ。吾は未だ飽き足らぬ節あり。花の枕、花の褥、花づくしの閨のぐるりに花の幕無きは口惜しからずや。
「吾も爾か思はぬにはあらねど、何を幕にすべき。
「言はずとも幕になるべきは山藤の花なれど‥‥
「其藤を如何にして吾等の力に移すべきか。
「光よ。吾もさは思へども、思ひ立ちては止まるべくもあらず。吾力のあらん限りを盡すべければ、汝も力を合せよ。
「匂よ。汝も膽太き事を思ひ立ちしものよ。されど出來るだけは試みなん。來よ、匂よ。
 二人は山深く分け入りつ、藤の生ひひろごりたるを求め得て、辛く[#挿絵]を纏ひつきたる樹の枝より取り放しぬ。森の中を引きずり行かんは枝、荊棘に蔓を取らるゝ憂あれば、宙を飛んで提げ行かんと、談を定めけるに、さらばとて二人は[#挿絵]を携へ虚空に上るに、餘りに重ければ、力盡きて屡[#挿絵]森の上に落ちんとす。
「匂よ。吾は最早堪へ得じ。藤を放すべきか。
「今少しなり。光よ。辛抱せよ。今此處にて森の上に落しなば蔓は再び樹にまつはり花は無殘に散り落つべし。今少しにて閨に達すべきに、此處にて挫けなば今迄の苦勞は春の陽炎と消え去らん。
 勵みつ勵まされつ、漸くにして絶壁の上に來りぬ。二人は落つるが如く下りし儘、其處に倒れたり。光は頻りに息をはずませて、
「匂よ。吾手はしびれて、…

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