えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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住吉祭
すみよしまつり
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「精神修養」 不明
1911(明治44)年8月号
入力者武田秀男
校正者門田裕志
公開 / 更新2003-02-26 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 海辺の方ではもう地車の太鼓が鳴つて居る。横町を通る人の足音が常の十倍程もする。子供の声、甲高な女の声などがそれに交つて、朝湯に入つて居る私を早く早くと急き立てるやうに聞えた。此処に近い土蔵の入口に大番頭が立つて、
『真鍮の大の燭台を三組、中を五組、銅の燭台を三組、大大のおらんだの皿を三枚、錦手の皿を三十枚、ぎやまんの皿を百人前、青磁の茶碗を百人前、煙草盆を十個。』
と中に入つて居る手代に手びかへを読み聞かせて居る。
『畳二畳敷程の蛸がな、砂の上を這ふてましたのやらう。そうしたら傍に居た娘はんがびつくりしやはつてきやつと云やはりましたで。』
『ほんまだすか。』
『真実だすとも、うはばみのやうな鱧もおましたで。』
『まあ、さうだすか。』
井戸端で、昨夜の夜市を見て来た女中が外の女中とこんなことを話して居る。時々思ひ出した様に何処かでこほろぎが鳴く。湯から上ると縁側の蒲筵の上に鏡台が出してあつて、化粧役の別家の娘が眉刷毛を水で絞つて待つて居た。青い楓の枝に構まれた泉水の金魚を見ながら、頸のおしろいを附けて貰つて居ると、近く迄来た地車のきしむ音がした。
 牡丹に唐獅子竹に虎虎追ふて走しるは和藤内。
こんな歌も聞えて来た、さうすると三つの井戸の金滑車がけたたましい音を立てて、地車の若衆に接待する砂糖水を造るので家の中が忙しくなる。
『旦那様、ありがたう。御寮人様、ありがたう。』[#改行を挿入]
その世話人が四五人家の中へ入つて来て父母に挨拶をした。揃の浴衣に白い縮の股引を穿いて、何々浜と書いた大きい渋団扇で身体をはたはたと叩いて居る姿が目に見える様である。白地の明石縮に着更へると、別家の娘が紅の絽繻珍の帯を矢の字に結んでくれた。塗骨の扇を差した外に桐の箱から糸房の附いた絹団扇を出して手に持たせてくれた。店へ行く廊下を通る時大きい銀の薄のかんざしの鈴が鳴つた。菊菱の紋を白く抜いた水色の麻の幕から日が通つて、金の屏風にきらきらと光つて居た。従兄と兄はその前へ置いた碁盤で五目並べをして居る。将棋盤の廻りには十人程の丁稚が皆集つて居た。花毛氈の上であるから並んだその白足袋が美くしく見える。九谷焼の花瓶に射干と白い夏菊の花を投込に差した。中から大きい虻が飛び出した。紅の毛氈を掛けた欄干の傍へ座ると、青い紐を持つて来て手代が前の幕をかかげてくれた。向ひのおてるさんが待つて居たやうににこやかに目礼した。道の人通りが多いので常のやうに物を云つても聞えさうではない。水色の透矢の長い袂と黒い髪が海から来る風で時々動くのが見えるだけであつた。氷屋が彼方此方で大きい声を出して客を呼んで居る中へ、屋台に吊つて太鼓を叩いて菓子売が来た辻に留つて背の高い男と、それよりも少し年の上のやうな色の黒い女房とが、声を揃へて流行歌を一くさり歌つた。どんどんとその後でまた太鼓を打つた。欄干の前に置いた大きい…

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