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南洋館
なんようかん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「反響」 反響社
1914(大正3)年10月号
入力者武田秀男
校正者門田裕志
公開 / 更新2003-02-12 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

緑の褪めた、
砂と塵挨だらけの、
水気のない、
いぢけた、倭い椰子の木立、
木伊乃にした、動かない天狗猿、
死んだ、みすぼらしい、ちつぽけな鰐、
くすんだ、黄土と CHOCOLAT の色をした
廉物の、摸造の爪哇更紗、
まだ一度も生血を嘗めず、
魂の入らぬ、
ひよろ長い毒矢の数々……
え? これが大正博覧会の南洋館?
最初の二つの室を観て歩いて、
おれは思はずおれの子供等に言つた、
「こんなぢやない! こんなぢやない! 南洋は!」
そして、おれは新嘉坡を想ひ出した。
こんなぢやない! こんなぢやない!
あの赤道直下の生活はこんなぢやない!
PAUL CLAUDEL が目を眩したも道理、
そこは光と熱と香と色の世界だ、
華やかな、目まぐるしい現象のみの世界だ、
醇粋な真実のみの緊張した世界だ、
万別の力が醗酵し、蒸騰し、
渦を巻いて荒れ廻る世界だ、
宇宙の最初の元気が、
汚れず、混らず、淀まずに燃えて居る世界だ。
太陽は白金を焼いて居る、
海は碧玉の湯を湛へて居る、
土は朱を盛り上げて居る。
空気は火の台風だ、
雨は銀の驟雨だ。
どの物にも鈍い弱い色がない、
真赤だ、黄金だ、雪白だ、猩々緋だ、
藍だ、群青だ、深緑だ、紫だ。
どの物にも煩瑣な分類がない、
植物も動物だ、人間だ、
人間も植物だ、動物だ。
或樹は髯を垂れ、百手を延し、
十、二十の脚を柱の様に立てて居る。
或樹は扇形の騎士の兜を被り、
或樹は細長い胴に真赤な海老の甲を着けて居る。
或蛙が牛の声で吼える。
或蛇が鈴を振る。
一尺の守宮が人間に呼び掛け、
二丈の鰐が人間を餌にする。
人間は丸木舟の殻に乗つて走る貝だ。
猿は猩々の表情と姿で抱き合ふ人間だ。
春夏秋冬の区別もない、
植物は芽と葉と枯葉と、
蕾と花と果とを同時に持つて居る。
片端から熟して、枯れて、
片端から新しく生んで行く。
人間もさうだ!
手ぬるい夢や憧憬や、
しちめんどうな瞑想や、
小賢しい商量や、虚偽や、
馬鹿らしい後悔や追憶を必要とせずに生きて行く。
彼等は流転を流転の儘に受け入れる。
唯だ珍重するのは愛情だ、
労働だ、勝利の欲だ、
そして其等を讃美する芸術だ。
寝たくて寝る、
歌ひたくて歌ふ、
働きたくて働く、
踊りたくて踊る。
恋しい女は奪つても愛する、
憎い敵は殺して仕舞ふ、
勝つた者は正しく誇る、
負けた者は復讎を企てる。
生、老、病、死は順当な流転だ、
花の開落だ、
そんな事を気にする習慣なんか持て居ない。
自然と生物とが同じ脈を搏ち、
同じ魂と同じ意欲を持ち、
同じ生の力を張り詰めて動くばかりだ!
若し醇粋な人性を保留して居る彼等に、
羞耻の道徳を説いて聞かせたなら、
彼等は目角を立てて怒るだらう、
そして云ふだらう、「大自然の心を知らない、
堕落した人間の余計な僻みだ」と。
彼等は赤裸々で居る、
太陽が赤裸々で居る如くに…

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