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獄中記
ごくちゅうき
作品ID2583
著者大杉 栄
文字遣い新字新仮名
底本 「大杉栄全集 第13巻」 現代思潮社
1965(昭和40)年1月31日
入力者kompass
校正者小林繁雄
公開 / 更新2001-11-08 / 2014-09-17
長さの目安約 59 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   市ヶ谷の巻

 前科割り
 東京監獄の未決監に「前科割り」というあだ名の老看守がいる。
 被告人どもは裁判所へ呼び出されるたびに、一と馬車(この頃は自動車になったが)に乗る十二、三人ずつ一組になって、薄暗い広い廊下のあちこちに一列にならべさせられる、そしてそこで、手錠をはめられたり腰縄をかけられたりして、護送看守部長の点呼を受ける。「前科割り」の老看守は一組の被告人に普通二人ずつつくこの護送看守の一人なのだ。いつ頃からこの護送の役目についたのか、またいつ頃からこの「前科割り」のあだ名を貰ったのか、それは知らない。しかし、少なくとももう三十年くらいは、監獄の飯を食っているに違いない。年は六十にとどいたか、まだか、くらいのところだろう。
 被告人どもが廊下に呼び集められた時、この老看守は自分の受持の組は勿論、十組あまりのほかの組の列までも見廻って、その受持看守から、「索引」をかりて、それとみんなの顔とを見くらべて歩く。「索引」というのは被告人の原籍、身分、罪名、人相などを書きつけたいわばまあカードだ。
「お前はどこかで見たことがあるな。」
 しばらくそのせいの高い大きなからだをせかせかと小股で運ばせながら、無事に幾組かを見廻って来た老看守は、ふと僕の隣りの男の前に立ちどまった。そしてその色の黒い、醜い、しかし無邪気なにこにこ顔の、いかにも人の好さそうな細い眼で、じろじろとその男の顔をみつめながら言った。
「そうだ、お前は大阪にいたことがあるな。」
 老看守はびっくりした顔付きをして黙っているその男に言葉をついだ。
「いや、旦那、冗談言っちゃ困りますよ。わたしゃこんど初めてこんなところへ来たんですから。」
 その男は老看守の人の好さそうなのにつけこんだらしい馴れ馴れしい調子で、手錠をはめられた手を窮屈そうにもみ手をしながら答えた。
「うそを言え。」
 老看守はちっとも睨みのきかない、すぐにほほえみの見える、例の細い眼をちょっと光らせて見て、
「そうだ、たしかに大阪だ、それから甲府にも一度はいったことがあるな。」
 とまた独りでうなずいた。
「違いますよ、旦那、まったく初めてなんですよ。」
 その男はやはりしきりともみ手をしながら腰をかがめていた。
「なあに、白っぱくれても駄目だ。それからその間に一度巣鴨にいたことがあるな。」
 老看守はその男の言うことなぞは碌に聞かずに、自分の言うだけのことを続けて行く。その男も、もうもみ手はよして、図星を指されたかのように黙っていた。
「それからもう一度どこかへはいったな。」
「へえ。」
 とうとうその男は恐れ入ってしまった。
「どこだ?」
「千葉でございます。」
 窃盗か何かでつかまって、警察、警視庁、検事局と、いずれも初犯で通して来たその男は、とうとうこれで前科四犯ときまってしまった。そして、
「実際あの旦那にかかっち…

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